早く芽を出せ

 諸事情あって、ビールのつまみには某スナックと決めている私であるが、言語道断なことに店によっては買えないこともある。今日も篭にビールの6本パックを入れて、鼻歌気分でスナック菓子の棚にやってきた私は、そこに立ちつくすことになった。
 そこに、あるべきものがないということに気がつくまで視線を棚から棚へ泳がせる。ない。やがてゆっくりと首を振る私。目指す「海苔ピーパック」が無いのだ。ああ、これは、つまり商売をやる気がない、ということだろうか。それとも、この店は私のことが嫌いなのだろうか。いやいや。何かが流通業界に起きつつあるのかもしれない。こんなささいな現象にも、不吉な何かの陰謀の影を認めることもできるのではないか。そんな大げさな感想を一瞬だけ持った私は、屈託なく別のスナック菓子を買って帰ったのであった。完。

 そんなわけで、今日は「亀田の柿の種」を買ってきた。内容物が6つの子袋に分けて収納され、一度に少しずつ食べることができるという特性を反映してか、「スーパーフレッシュ」とも書かれている。例によって不活性ガスが封入されているので、いつまでも新鮮なだけでなく、ビームプロファイルモニターとしても使える。って、また関係者以外にわからないボケをいれてしまったが、しょせんはタワゴトなのでわからなくっても問題ないです。

 さて、「柿の種」と言えば「けなげ組」である。「けなげ組」とは、この「柿の種」の袋の裏にかなり昔から続けられている企画ものの記事であり、世の中にあるけなげなもの、すなわち、虐げられ、無視されながらもその役割を黙々と果たしてゆく、そんな身の回りのアイテムたちに光を当て、彼らの叫びを収録する、というものである。と書くとなんだかすごい企画のようだが、実態は「割り箸:乱暴に二つに引き裂かれたうえ、使いおわったらごみ箱にポイ。せめてきれいに二つに割ってくれ」というものである。妙な感性である。ちなみにこれは今私が考えたものだが、ほぼこんな感じの、独特のイラスト付き記事が十個ほど袋に印刷されているわけである。よく新聞に載っている「私は公園のごみ箱です。最近私に家庭のごみを捨ててゆく人が多いです」というような投稿をちょっと思い出すが、別に自然保護とかなにかを訴えようというわけではないので救われる。

 とはいっても活字中毒略してカツ中である私のこと、ビールを飲み、柿の種をかじりながらすべてに目を通してしまった。活字中毒略してカツ中とはいえこの「けなげ組」、活字ではなく独特の手書きの文字なのだが、今回のラインナップは「肝臓」「焼き鳥の串」「数字の4」「バースデーキャンドル」「茶柱」「影」「なずな(ペンペン草)」「雨」「避雷針」「的(まと)」「ゴルフのティー」「難しい漢字」の十二個である。「茶柱」が何を訴えているかとか、「難しい漢字」にどういうイラストが添えられているかなどはなかなか深いので、興味を持たれた方はぜひコンビニでご確認いただきたい。

 さて、今回やり玉にあげるのはこのうち「避雷針」である。全文引用するのは気が引けるので要約すると、「ビルの頂上でぽつんと一人はさびしい。しかも、役に立つときは雷に打たれるときだこれは痛い。人身御供か俺は」という主張である。なるほどなあ。
 ところが、これは間違っているのである。カガク的ではないのだ。意外に知られていないことなので、ここでシューセイしておこう。

 結論から言うと、避雷針は、雷を避ける道具なのだ。そこに雷を落とす事で、他の部分への雷の直撃を避ける道具ではないのである。

 雷の原因は、すっかり分かっているわけではないが、雲の中で空気が攪拌されることによって生じる静電気である。それが地上との間に大きな電位差を生じ、ついに空気の中を放電して電流が流れる。空気というのはなかなか優れた絶縁物なので、できたら雷も空気の中を伝わりたくはなく、高いところ、たとえば木のてっぺんとか、建物とか、人体とか(!)があればそこをめがけて落ちる。ゴルフ場などでぽつんと立っていると危ないのは、他に高いものがない広場では、人体を目標に雷が落ちる可能性が高いからである。特に雨にぬれたりなどすると人間の体はますます電気が流れやすくなる(正確には、靴などの絶縁物を水分によってバイパスできるところが大きいらしい)。つまりさらに雷にとって好ましい通り道に見えるわけで、危ない。

 では、避雷針は高いところにあるし、雷が落ちやすくできているのではないかと考えるのは当然だが、それはちょっと違う。雷は、まず空気中に大量の静電気が溜まることによって生じる。水をいっぱいに溜めたダムが決壊するように、大きな衝撃となってそれが一度に流れ出すのが雷だから、前もってダムから放水を行って、水を溜めないようにすれば鉄砲水は起こらない。避雷針はこの水路になるのだ。

 避雷針は高い建物の先に建てられて、一方は地上に電線で繋いで地上との電位を等しくしてある。空気中に静電気が溜まりはじめると、この避雷針の先から空気中に放電が行われ、それを打ち消す。早いうちに静電気に逃げ道を与えてやることで落雷、すなわち爆発的な放電を防いでいるのである。避雷針の先は尖っていたり三つ又になっていたりして、この放電を行いやすくしている。

 時にはあまりにも静電気が溜まるのが早かったりしてそれでも雷が落ちることはあるのだろうが、避雷針は雷を未然に防ぐためにあるのだ。落ちやすくするのではない。だいたい、避雷針に雷が落ちやすくなってしまったら本末転倒ではないか。
 もっとも「ピーナツがうまい柿の種です!!」というコピーからして、本末転倒なのだ。猛省せよ、亀田製菓。


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