眼下のテキ

 バスフィッシング、というスポーツがある。ルアーなどの擬似餌を使ってブラックバスという淡水魚を釣る遊びである。どこがスポーツかと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、一定期間内に釣り上げた魚の重量を競う形で、立派に大会やプロ制度もあるスポーツとなっている。余談だが、あまり観戦料が取れる観客が大会につめかけるとも思えないこういうスポーツにプロプレイヤーがいてトーナメントが成り立っているというのはいったいどういうことになっているのだろうか。多分、釣り道具メーカーなどのスポンサーがついて、そこから賞金が出ているのだろうが、そういう構造はなんだか不健康な経営状態だという気がする。もっとも、それを言えば、日本で純粋なプロスポーツは、野球くらいしかなくなってしまうのかも知れない。

 さて、このバスフィッシング、私の弟がかなりのめり込んでいるスポーツでもある。そもそもブラックバスというのは、ご存知だろうが、もともと日本にはいなかった魚である。したがってたとえば山奥のため池にこの魚がいるということは、誰か人間が最近そこにバスの稚魚を放したということになるのだが、今や日本全国津々浦々、淡水魚だから津々浦々というのはこの場合変なのだが、ともかく水溜まりがある限りそこにバスがいないなどということはほとんどないらしい。ブラックバスは食べておいしい魚ではないので、純粋にスポーツのために誰かが放流しているのである。釣り師のすることと言ったらかように恐ろしい。

 まあ、そうした背景はともかく、そうして弟は休みともなると手提げ箱一杯買い込んだ道具を下げて、近くの池や湖に釣りに出かけている。この弟、凝りだしたら凝るタチであって、この前知ったのだが、このバス釣りのために、下半身全部を覆う魚屋さんのゴム長靴に浮き輪がついたような道具を買っていたのには驚いた。下半身全部が水没する形だが、要するに忍者の使う「水グモ」である。これで池にざばざばと入っていって、立ち木の影など、岸からは狙いにくいがバスが潜んでいそうなところめがけてルアーを投げるのだそうだ。なんだか、この「水グモ」にできてゴムボートにできないことは何もないような気がするのだが、違うのだろうか。まあしかし、一つの趣味にこれほどのめり込めるのはそれで凄いことである。

 その弟から電子メールが来た。
「ゲームボーイに繋いでソナーになる道具がバンダイから発売されているらしい。こちらは田舎なので、どこのゲーム屋にも見当たらない。至急捜索されたし」
 バス釣りがある程度のブームになっているのは知っていたが、そんなものが個人向けに出ているとは驚いた。ソナーというのは、もともと第二次世界大戦中にイギリス軍がドイツの潜水艦を見つけるために開発した技術で、音の反射を利用して水中の様子を探る装置である。これを使えば、水深や水底の様子だけでなく、どこにバスが潜んでいるかといった情報が、ゲームボーイ(任天堂の携帯用ゲーム機)の液晶画面を出力端末にして表示されるらしい。大変に高度な技術のような気がするのだが、なんとも恐ろしい時代になったものである。

 結局、このゲームボーイ用ソナーは、販売店その他から得た情報によると生産中止になって久しく、代わりにバンダイ製の同じような携帯用ゲーム機「ワンダースワン」に後継機が発売されているとのことで、私も本体ごとそれを調達することにしたのだったが(合計一万二千円くらいだった)、手に入れてみると「恐ろしい時代」感はますます高まるばかりである。センサーから、水中発信角二〇度の円錐内に周波数200kHzの超音波が放たれる。反射波をセンサーが捉えた情報を、カセットの中で分析し、水深二〇メートルまでの水中にいる魚影や水底の様子を瞬時に表示するのだそうだ。十五メートルのコード付きなので、岸からポイントに向けてセンサーを放って離れた地点の様子を調べることも可能である。まったくすさまじい。
 しかし、よく考えてみれば、こういうソナーを使ってバスの居場所を確認した上で擬似餌を放ってよいということになると、バス釣りというスポーツが持っていたゲーム性はますます低くなってゆくことになるのだが、それでいいのだろうか。

 むかし読んだ「ドラえもん」の、しかも本篇ではなく、ひみつ道具一覧のような、単行本の巻末おまけ記事で、どんなにへたくそに打ってもあやまたずボールがグリーンに向かって飛んでゆくゴルフクラブ、というのがあった。あなたもそうだと思うが、私も子供心に、いくら未来でもこんなクラブの使用を許してはゴルフはゲームとして成り立たないじゃないかと思ったものである。しかし、昨今のチタンがどうとかカーボンナノチューブがなんとかいう高度な技術で作られたゴルフクラブを見ていると、木の根っこを掘り出して形を整えたこん棒のようなクラブとの差は、既にドラえもんのクラブと今のクラブくらいついているのではないかと思うので、何事も程度問題だという気がする。

 ゴルフやテニスなどの、道具を介して対象と向かい合うスポーツは、常にこうした道具の改良とゲーム性の維持という板挟みにさらされている。たぶん、コンピューター内蔵のゴルフクラブは、ルール上許されていないか、たとえ記述がなくても、もし実際に登場すればすぐ禁止になるだろう。そうでなければ技術による差が付かなくてゲームにならないからだ。しかし、バス釣り用のソナーは、これを彷彿とさせるものの、だからといってソナーさえあれば誰でもバスが釣れるというものでもないので、特に禁止はされていないのかもしれない。

 ではいったい、未来のバス釣りは、どこまで技術の導入が許されるだろうか。電池内蔵で、小魚そっくりの動きをするロボットルアーだろうか。ソナーを内蔵し、バスに向かって突き進む誘導魚雷型ルアーだろうか。目標に向けて投下するとバスの至近で爆発し、バスの体を浮きあがらせる近接信管付き爆雷だろうか。そんな馬鹿なと思われるかもしれないが、ゴルフと違って一人で釣っている分には勝った負けたのスポーツではないので、釣り師自身が自らの良心に恥じるところがなければ、どこまで卑怯な手を使ってもいいのである。

 ところでこの購入したソナーセットであるが、さっそく試運転しようとしたら、マニュアルに「室内では絶対に使用しないでください」という記述があった。200kHzの超音波を閉鎖された室内や風呂場で放つと、それはそれは恐ろしいことになるのだそうである。確かに、特に風呂場は反響度が高そうである。唐沢なをきの「カスミ伝」に出てくるくの一アルミちゃんの超音波攻撃みたいに、ユーザーが耳から血を吹き出して倒れるようなことなのだろうか。しかし、にもかかわらず、このページをサーバにアップロードしたら風呂場で使ってみるつもりなので、今日限り私がさっぱりネットに姿を現さないようなことになったら、入院しているのだと思ってほしい。では一応お別れを。さようなら。お元気で。


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