数拳で勝負だ

「さて、ここにまんじゅうがあるわけだ」
「ひとつだけだな。ひとつだけ」
「しかも、おれたち三人は、ハラが減っている」
 こういうとき、普通の人がどうするのかというと、まあジャンケンだろう。しかし、我々兄弟は違う。
「よし、勝負だ。勝負」
「ヘへっ、兄貴、あんたはもう食べないほうがいいんじゃないのかい」
「そんな口がきけるのも今のうちだぜ。たたきのめしてやる」

 といっても、山手線ゲームや牛タンゲームとまでケッタイなことをするわけではない。正式名称をなんというか、実は知らないのだが、仮に「数拳」と名付けることにする、ある勝負をするのだ。
「たたきのめされるのは、どっちだかな」
「さっさと構えな、兄貴。さっさとな」
「じゃあ、おれから行くぜ。へへへ」
 私たち三人は、握った両手を、親指を揃えて、身体の前で突き合わせる。先制権を得た一人が、言った。
「いっせーので、よんっ」
 タイミングを合わせて三人はぱっと親指を立てる。それぞれ一本、〇本、二本。これだ。今の小学生がやるのかどうかわからないが、少なくとも彼ら三人の二〇代男性(二八、二六、二三歳)の間では流行している。これが数拳だ。

 ルールは簡単。「いっせーので」で、数字を叫ぶと同時に、親指を立てる。こぶしを握ったままにするか、あるいは「んもうばっちしっすよせんぱぁい」というジェスチャーの状態にするかを選べるのである。手は二本だから、立てた親指の数は、〇本、一本、二本の三通りになる。三人だと合計〇本から六本までの可能性があることになる。叫んだ数字が、その場の合計本数と一致していれば、一ポイント先取。前に構えている手を一本減らせる。そうでない場合は失敗。何も起こらない。どちらにしても数字を言う権利が次のプレイヤーに移る。こうして、誰かが構えている手がなくなれば彼が勝者で、まんじゅうを食える。勝者ではなく敗者を決める場合には、さらに人数を減らしつつゲームは続く。最後に残った一人が、ジュースを買いに行く羽目になるわけである。

 数分後、まんじゅうを食べる弟を、まぶしそうに見つめながら、私はこのゲームに必勝法は、少なくとも勝率を上げる方法はないかと考えていた。

 数拳は、プレイヤー二人の場合は単純である。自分で二本出しておきながら「ゼロぉっ」と叫ぶという奇妙なまねも可能ではあるが、まず普通にやっているかぎり、ここにジャンケン以上のゲーム性はない。事実上、相手が何本出すかを当てるのと何の違いもないからだ。ただ、その予測した数字に、自分が出す数字を足して、宣言すればよい。

 三人の場合は多少複雑である。まあ、自分の出す分は考えなくてもいいから差し引くとして、残りの合計は〇本一本二本三本四本の五通りである。それぞれのプレイヤーの出す本数と合計の本数は、次の表のようになる。

B\A

 表のそれぞれの箱の確率は同じだから、結局、〇本から四本が出る確率は、各人が〇本一本二本の三つのアクションを同確率で出すとして、それぞれ1/9、2/9、3/9、2/9、1/9となる。〇本や四本はめったにでなくて、二本が出やすいわけだ。自分で何本出すかをまず決めて、その数字に二を足して宣言すれば、三分の一の確率で一勝をあげることができるわけである。

 ゲームが進んで、残りの二人の出している手の数が減ってくると、どうなるだろう。一人が手一本になって、あとの一人が手二本のままの場合は、残りの指の合計は〇本から三本。同じように計算するとその確率は、1/6、2/6、2/6、1/6になる。自分以外の二人とも手が一本なら、可能性があるのは〇本一本二本で、確率分布は、1/4、2/4、1/4だ。結局、いかなる場面でも、残りの指の総本数を二で割って(端数は切り上げたり切り下げたりして)、それに自分の指の数を足して宣言しておけば、無難なのである。

 これは、あまり面白い結論ではない。あまり不用意に「ろくっ」とか「ぜろっ」などと宣言しないほうがいい、ということは分かったものの、特に必勝法というほどのものではない。しかし、そうは言っても「にぃっ」と、自分の手に二を足して宣言することには、ある利点がある。私が常にそう宣言していることに気づかれたとして、各プレイヤーはどうにもできないのである。たとえば、二人の合計を三本以上にしないでおこうと思えば、〇を出しておけばそれでいいのである。しかし、一人が何を出そうとも、合計を二にしないでおくということだけはできない。もう一人と裏で談合しておかないかぎり。

 逆に、相手になるべく当てられないためにはどうしたらいいだろうか。情報理論に従えば、〇から四までの合計本数が、できるだけ似たような確率で出るようにするのが、相手が本数を当てるのを防ぐ最高の防御手段である。それには、どの手も同じ確率で出すのではなく、〇本と二本の割合を多くして、一本を出しにくくするほうがよい。ざっと計算してみたが、まず、もう一人のプレイヤーが未熟で、どの手も同じ確率で出すとした場合には、〇本と二本しか出さない、というのが最善手である。この場合「二」は確率1/3のままだが、他の数字が「〇」「一」「三」「四」ともに1/6になる。その分当てづらくなるわけだ。
 一方、場にいるプレイヤーが、全員熟練していて、可能な最善の戦略をとれる場合には、〇本と二本をそれぞれ〇・三七、一本を〇・二六くらいの確率で出すのがもっとも当てられづらくなる方法のようである。この場合、合計数値の確率分布は、0.14、0.19、0.34、0.19、0.14となる。なんだか「二」の確率がわずかながらむしろ増えているのだが、これが全ての数字の出やすさの差が最も少なくなる方法のようである。

 私は、理論を実践すべく、とりあえずかばんをひっくり返してみた。おっ。
「さて、隠していたがここにチョコレートが一つあるわけだ」
「ひとつだけだな、ひとつだけ」
「しかも、おれたち三人は、依然ハラがへっている」
「よし、勝負だ。勝負」
「ヘへっ、兄貴、あんたはチョコレートなんて食べないほうがいいんじゃないのかい」
 そして、私は言うのである。
「今度こそ、たたきのめしてやる」


トップページへ
▽前を読む][研究内容一覧へ][△次を読む