ルネサンスの諺たち

「いや、いやいや、いややわあっ」
「なんや、なんや、えらい声出して。どないしたんや」
「あかんねん、あれがおるねん。あれ」
「だから、あれて何やねん」
「あのほら、黒うて、がさがさ這うて、あのほら、よう言わんけど」
「ゴキブリかいな」
「おってん。トイレに、おってん。ちっちゃいのが。ちっちゃい、いやあああ」
「しゃあないなあ、見に行ったろか。どっこいしょ」
「いやあああっ。行かんといてえっ。うちを一人にせんといてえっ」
「なんやねんな。引っ張るな、引っ張るなて。わかったがな。でも、退治せんと、いつまでもこのままやぞ」
「せやけど。あんたがあっち行っとる間に、こっちにも出たらどないすんのぅ。うち、怖いいっ」
「泣くな、泣くなて。しかし、どないもこないも、いつまでも、ゴキブリ出るなあ、この家」
「どないもならへんの」
「そやなあ。隣の学生が、汚のうしよるねん。たぶん。そっちから来んねやなあ」
「ホイホイとか、ホウ酸だんごとか、仕掛けてもあかんやろか」
「あかんやろなあ。昔から『臭い匂いは元から断たなきゃダメ』て言うからなあ」
「…あんた、あほやなあ」
「え、何がやねんな」
「それ、ことわざちゃうで、コマーシャルやんか」
「あ、そうやったかいな。でも、ええ言葉やと思うけどな。臭い匂いは、やっぱし、元から断たなあかん思うねん」
「でも、昔から言う、はないやろ、昔から」
「昔やんけ。でも、せやなあ。そんなん、結構あるんとちゃうかなあ」
「そんなんて、どんなんよ」
「せやから、CMのコピーやったんが、いつの間にかことわざになったみたいな奴や」
「えぇ、そんなん、ある」
「ことわざて、そないしてできるんとちゃうかな。そもそも」
「へえ」
「信じんなよ。まあでも『土用の丑の日』ていうのはCMやったらしいな」
「そうなん」
「さあ、俺もヒトに聞いただけや。嘘かも知らん。まあええわ、えーと、他に何かあるかな」
「『おせちもいいけどカレーもね』は、どない」
「お、ああ、まあ、それはそうやけどな。でも、応用範囲、狭いぞそれ」
「『カステラ一番電話は二番』」
「それは、何を言わんとすることわざやねん」
「ほら『花よりダンゴ』言うことやん」
「なんでそないなんねん。いやまあ、分かるけどやな」
「『インド人もびっくり』」
「まあ、常套句にはなっとるけど」
「『ナボナはお菓子のホームラン王です』」
「何でも言うたらええちうもんやないぞ」
「そしたら『今年の汚れ、今年のうちに』」
「あ、こら、耳に痛いな。『今日できることは明日に延ばすな』よりも、胸にしみるわ、それ」
「名作やんなあ」
「『バファリンの半分はやさしさでできています』は、どないや」
「あかんわそんなん。むっちゃ最近の奴やんか」
「わしの残り半分はやらしさでできとんねんけどな」
「やらしっ」
「そしたら『タイヤにする、デジタイヤにする』」
「それはあんたの持ちネタやん」
「『晩ご飯にする、デジ晩ご飯にする』」
「あっというまに風化するわ、そんなCM」
「標語はどうやろ。『欲しがりません勝つまでは』なんか、もうちょっとでことわざになると思うけどなあ」
「うん、『進め一億火のタマや』」
「花火になっとるぞ」
「『注意一秒怪我一生』」
「ああ、これもええ標語やな」
「『落とせスピード落とすな命』」
「ええけど、ちょっと歴史が足らんかな」
「『遅い車は登坂車線』」
「次は『山陽道は三木まで開通』とか言うつもりか」
「ほな『狭い日本、そんなに急いでどこへ行く』」
「なんか、最近あんまり聞かへんなあ」
「『気をつけろ、その一口がブタになる』」
「それは、標語とちゃうぞ。標語パロディや」
「『赤信号、みんなで渡れば怖くない』」
「それもパロディやけど、ま、ええセン行っとるかな」
「渡ろか」
「へ、何言うとるねん」
「うち、さっきからトイレ行きたいねん」
「行ったらええがな」
「せやから、黒いのがおんねんてば」
「あ、そやった」
「…。一緒に来てえな」
「ホンマ、やらしいやっちゃな、お前は」


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