チョコボール結晶学

 情けなや、今や私はチョコレートの摂取を医者から止められる身分になっている。以前、腹痛で入院したという話をここに書いたことがあるが、その病気の治療の一環として、チョコレートを食べてはいかんということになったのである。実は、チョコレートには「しゅう酸」というものが含まれているらしい。しゅう酸は、漢字で「蓚酸」と書くとさすがに読めない何かの酸である。どうしてこのようなオソロシゲなものが愛しのチョコレートに入っているのかよくわからないが、とにかくこれが腹によくないらしい。

 私ももう三十である。いつまでも「愛しのチョコレート」などとうそぶくチョコレーターではそっちのほうがおかしい。しかしその、なんだ、食べられないと聞くと余計に食べたくなるものだそうじゃないかみんな。しかも最近は、駅の売店でもガム風のパッケージのチョコレートを販売していて誘惑が多く、「じゃあ三十億あったら一億盗ってもいいのか」なるコマーシャルのチョコボールも私は大好きなのであって、チョコレートへの思いは募るばかりなのであった。

 以前、スティーブン・ジェイ・グールドが「チョコバーの重量と価格の進化」というテーマで、余談風のエッセイを書いていた。チョコレートの重量は年々減少の一途にあり、たまに値上げとともに少しだけ重量が復活するが価格あたりのチョコレートの量は減り続ける、という傾向をグラフにしていて面白かった。チョコレート業界に関して言うと、メーカー側は、提供するチョコレート量をとにかく減らすことが至上命題になっているらしい。販売しているチョコレートを見てみると、確かに露骨に「あげぞこ」になっているものがある。できるだけ高価でできるだけ少量の商品を提供するのは当たり前の経済原則だが、たとえばガムは同じ量の商品をよりコンパクトにまとめることを目的としているように見えるから、だいぶ事情が違う。

 あげぞこというのがどういうことかというと、たとえば板チョコを見てみよう。大抵の場合、割りやすいように縦横に溝が設けられているが、これは当然、同じ大きさで溝がないものよりもチョコレートの量が減っている。また、この溝に沿って割った一かけらの、中央にへこみが作ってあるものもある。へこみの分だけチョコレートの量が減っているわけである。アルファベットチョコレート(表面にアルファベットが一文字刻印されている)はアルファベットの分だけチョコレートが少ないのだ。何だか非常にしみったれたことを言っているようで悲しくなってきたが、パッケージを大きく、チョコレートを少なく、といった方向に努力が払われている傾向が確かにあることを分かっていただけると嬉しい。

 そういう目で見ると「チョコボール」という形式が一つの発明であることは間違いない。四角いチョコレートがぎっしり詰まっているのに比べて、当たり前だが、チョコボールは球形なので、箱詰めするとどうしてもすき間ができるからだ。同じ大きさの箱入りでチョコレートが少ないということは、お得感があるし、同じ値段の板チョコ製品にくらべて多くの棚を占領できて有利である。

 金属を作っている原子はひとつひとつが、ちょうどこのチョコボールのように球形で、それが上下左右前後に並んで結晶を作っている。少なくとも金属原子の場合、原子はタマで、これががぎっしり詰まっていると思ってあまりおかしくない。配置の方法は物質によって状態によって異なるのだが、銅や純鉄、金や銀のような一種類だけの原子からできている場合、だいたい三種類に決まっている。面心立方格子、体心立方格子、六方最密格子(※1)である。この中で体心立方格子だけはややすき間の大きい並び方だが、あとの二つは同じ密度で、球を箱状に詰めたときにもっとも密度の高くなる並べ方になっている。パチンコ玉を箱に入れて十分振れば、面心立方格子と六方最密格子の混ざった配列に落ち着くはずである。

 さて、今チョコボールが完全な球形で、箱の中にもっとも密度が高い方法で詰められて出荷されるとする。このときの密度がどれくらいかというと、球の直径の二倍を対角線とした正方形を面に持つ立方体を作り、その中に四つ球が入った状態である。計算すると空間の約七四パーセントが球に占められていて、残り二六パーセントが「すき間」ということになる(※2)。これを充填率七四パーセントと言ったりする。チョコボールの場合は、箱なので結晶に端があったり、また箱の一辺の長さがぴったりとは限らないのですき間はもっと大きくなるが、七四パーセントはなかなか大したものである。チョコボールをぎっしり詰めると、意外にメーカーにとっては嬉しくないチョコレート販売法であることがわかる。

 ただ、チョコボールはパチンコ玉のように立体に積まれているのではなく、だいたいはチョコボールが一個入るだけしか高さがない、平たい箱に入って売っていることが多いようである。この場合の最も密度が高いパッケージングはご存知、蜂の巣状に並べるやり方である。これを上下に積み上げれば面心立方格子か六方最密格子になるのだが、レイヤーが一つだけだと充填率は約三〇パーセント程度に下がってしまう。これならば、経済原則もチョコボールの存在を許すのではないだろうか。

 さあ、ここまで考察すれば、残るは実証である。早速コンビニに行って森永チョコボールと明治アーモンドチョコレート、それから比較対象として板チョコを二、三枚買ってきた。これらのチョコレートの総重量とパッケージの大きさを測定して、チョコボールのあげぞこ度を測定

 と測定をはじめたところで、いつの間にか後ろに立っていた妻が憤怒の形相で私のチョコレートを取り上げたので、遺憾ながらこの研究はここで打ちきらざるを得なくなった。誠に無念である。いつの日か私の遺志を引き継いでくれる者が現れることを願いつつここで筆を置く。


※1 六方最密格子は「最密」を名乗っているが、実は面心立方格子と同じ密度である(最大密度には違いないが最大密度になる唯一の並べ方ではない)。
※2 ちなみに体心立方格子の充填率は約六八パーセント。
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