通信販売通信

 私の父が「イモタコナンキン」などという言葉を口にしていたことがあって、どういう意味かと聞いてみると「オンナが好きなもの」とのことだった(※1)。もちろん関西の女性と言ったっていろんな人がいるわけで決めつけてしまってはいけないと思うし、だいたい、女性が好きなものがそれだとしてだから何だろう、とふと疑問に思うことだってあるのだが、まあ「巨人大鵬卵焼き」だって考えてみれば大した意味があるわけではない。最大公約数的に「ああ、うちのハハもそうだなあ」と思って楽しめれば、それでいいのだろう。

 そういうわけで、今から書くこともそういう思い込みというか、公約数的な話だと思って欲しいのだが、現代の女性が好きなものというと「通信販売」ではないだろうか。いや、私は男だが私だってどちらかと言えば通販は好きなほうで、使っているパソコンも鞄もインターネットを通じて通信販売で買ったものなのだが、妻の通販雑誌好きはそういうレベルをひとつ越えたものだ。買い物が好きだというよりは、通販雑誌そのものが好きだという感じである。一つのカタログを隅から隅まで見て、また次の日また同じのを熟読して、その次の日はまだ見ているのかと思ったら別の雑誌だった、何冊持っとるねん、とまあ、そういう感じになる。別に不都合があるわけではないが、そのことを指摘すると「女性はみんなそうである、そんな理解のないことでは困る」という返答を得たので、ここに書いておく。どうですか皆さんこんなに通信販売のカタログって好きですか。

 さて、ここにそんな通販雑誌が一冊ある。「快適生活大研究・2002年新春特別号」という、セゾングループが出している通信販売の雑誌(というより、カタログ)であり、今回の特集は「お客様が審査員・2001年のベスト100」である。ベスト100。この特集、ちょっと面白そうではないだろうか。何も私は通販全体に偏狭な態度を取っているわけではなく、むしろ大いなる興味でもってこの分野全体を眺めている立場なのであって、選び抜かれたベスト100とは何か、思わず手に取って読んでしまうのである。

 まず、表紙をめくって面食らったことには、いきなり一位の商品、解説と売り文句、値段なんかが書いてある。もっとこう「タメ」というかもったいぶった方がいいのじゃないかと思うのだが、とにもかくにもめくれば一位なのだ。「クレバートリックII」、これである。イオン式空気洗浄・脱臭機だ。どうも昨今「マイナスイオン」という得体の知れない要素が、この分野全体を厚い雲のように覆っている感があり、どうにかならないか、誰かどうにかしないのかと思っているのだが、この「クレバートリックII」もそこからは逃れえていない。オゾンによる除菌、タバコの煙や花粉を取り除く集塵、ペットなどの悪臭を分解する脱臭を押しのけて「マイナスイオン供給」が効能の一等、イの一番に書いてあるのだった。

 いや、まあ、偉そうなことは言うまい。ひょっとしてマイナスイオンには私の知らない何らかの意味があって、本当に画期的に気分が良くなったり健康に良かったりするのかも知れない。正直に言うと、全否定できるほどにちゃんと検証する意欲が出ないのだが、人生には他にもっとやることもあることだし、まあよろしかろうなのである。思う存分マイナスを吸えばよろしかろうイオン。通販でマイナス買おうじゃないかイオン。どうでもいいが、「トリック」という語は「ぺてん」だの「騙し」だの、不穏な意味の言葉だと思うのだが、みんなマイナスだまされてるんじゃあるまいかイオン。

 しかし、それにしても、こういう装置を買ってしまう人がいるのは確かだとして、これが一位を取るに値する商品かどうか、どうも疑問である。たとえば「超音波洗顔器」だとか「ぶら下がり健康器」なんかがそうだが、効果のほどがそれほど明らかでないのに、なんだか見るからにものすごくキキメがありそうな、思わず買いたくなる商品というのは確かにある。ところが、これまでの空気清浄機とさほど変わることがないこの「クレバートリックII」のどこにそういう魅力があるのか、端的には空気清浄機が二台並んでいたとしてこっちをみんなが支持する理由は何か、そこのところがわからないのである。思えば、私が通販雑誌のランキングに興味があるのは、その隠された魅力に「なるほど」とうなずきたいためではなかったか。

 と、こういった識閾上か下か、かすかな疑問を感じつつページをめくってランキングを下に辿ってゆくと、布団や枕、洋服といった定番商品に混ざって、マイナスイオン関連商品のような、少なくとも私にとってグレーゾーンに属する商品が、ちょくちょく顔を出す。どうも現在に甦った「鉄ゲタ」であるらしい、鉛入りのダイエット靴「ニューマッスルトレーナー」(八位)であるとか、鶏のタマゴが長持ちする謎の電磁波よけ御守りカード「電磁波防止プレート」(四十八位)(※2)であるとか、例の足の裏に貼って一晩寝ると老廃物が出てくるという「不思議足裏シート」(十五位)であるとか、もういちいち事々しくは言わないが、どんどんグレー感が溜まってゆくのである。そういうグレー商品ばかりではないのだが、磁石を水道管にくっつけることで水道水を「蘇生」するという「スーパー磁王ピュア」(十四位)なんかを見ると、隣の電気ストーブ「遠赤外線ワイドヒーター」まで怪しく思えて来てしまう。なんだろうか「活水器」とは。

 これで終わりではない。黒も黒、純粋な漆黒で塗りつぶしたいブラックチャンピオンは、七位にある「個別波動転写装置『アポロ』」である。ああ黒い、とても黒い。知っている人は知っている、あんまり詳しく書きたくない「波動」関連商品が、ナチュラルに「ボックスキャビネット」の隣に並んでいる。念のために簡単に書いておくと「波動」とは、要するに「なんだかよくわからない装置に表示されるなんだかよくわからない数値が上下するので一喜一憂しよう」というものであり、あらゆるものが都合のいいほうにちょっと良くなる万能システムである。商品説明には12万4千円もする装置のほかに「資料請求」(無料)やメーカーへの問いあわせ用フリーダイヤル番号などというものが載っていて、こんなものは他の商品のページにはないのだが、怪しさがフツフツと募る。なんにせよ、これが七位というのは、確かに一つの発見ではあるのだった。

 そして、そういう真っ黒な疑念に頭を支配されつつ、どういうベスト100なのかをよく読んでみると、「昨年一年間を通して特にお客様にご支持いただいた商品『ベスト100』」と書いてあるのだった。いかんとも歯切れが悪い。「支持」というのはいったい、投票なのか売り上げ総額なのかそれとも他の何かなのか、そこのところが書いてないということは、つまりその、疑うわけではないが「何でもない」のではないか。ベスト100という言葉をカギ括弧で囲ってあるのも、そういえば不安になるのである。なんというべきか、あれやこれやすべて合わせて、セゾングループはもっと頑張らねばこれからの時代苦しいことになるのではないか。がんばれ。

 ところで、第三位に入っているアイテムが、あの「吉野家」の味がご家庭で味わえるレトルト「吉野家牛丼の具」なのでちょっとおかしいのだが、いくら通販好きでも、牛丼ぐらいはお近くの吉野家に出かけて買ってきたほうがいいと思う。ほら、買ってくるほうがあったかいしさ、お持ち帰りもあるしさ。二四時間やってるしさ。


※1 蛇足ながら、この場合の「ナンキン」は関西での言い方で「かぼちゃ」のことである。
※2 一般名詞のようだが、こういう商品名らしい。
トップページへ
▽前を読む][研究内容一覧へ][△次を読む