ある試練ふたたび

 のっけから独り言めいた言い訳を書き連ねることになってしまうが、私がここにいろいろ書くようになって四年余り、できれば時代に無関係なものを書きたいと思ってやってきた。時事風俗から解き放たれていて、数年後で読み返してみても同じように面白い、そういうものを、理想としては、目指してゆこうと思っているのだ。といっても、これはべつにどうしても譲れない理由があってそうしているわけではない。そのほうがいいなあ、なんとなく好きだなあ、と思っている程度のことで、あえてルールを破ることもよくある。実際後から読み返してみて古くなってしまっている文章もいくつもあるのだ。

 第368回「ある試練」という、「ワン切り」に関する文章も、その一つである。現在の「ワン切り」をめぐる状況、標準的な携帯電話を使っていると経験したことがない人はまずおらず、またある地域ではこの「ワン切り」業者による回線への負荷がシステムダウンを引き起こしそうになって新聞で大きく報道されている、この現状に立って見ると、「他人に電話をかけてすぐ切ることで番号を通知し、コールバック時に有料番組を提供することで収入を得る」という詐欺めいた商売の存在はまったく疑うべくもない。集金方法への疑問を述べ、警告メールのチェーンメール化に苦言を呈した私の推論は当時としてはベストを尽くしていたとは思うものの、今読んでみると、言いにくいが、やはりどうもかっこう悪い。どんな精巧な理論よりも世の中で一番重いのは「事実」である。そう、その通りなのだ。

 にもかかわらず、実は既にこの文章もそのあえてルールを破る回であることになっているので、まあ聞いて欲しいのである。事の起こりは、先週末に知人宅に遊びにいったときのことだった。自動車での移動中、余話の一つとして、次のような話をしてもらった。友人が経験した話だということである。ごほん。

 三歳児と五歳児の姉妹を連れた母親が、某大手遊園地に遊びに行った。「某大手遊園地」というのは大西が聞いた話としては名前が出ているのだが、ここに書くにあたっては名前を伏せることにする。読んでいるあなたはアレかな、コレかな、と思われることだろうが、そうですアレです。さて、子供達が便意を訴えたので、母親は姉妹をトイレに行かせた。ところがしばらくして帰ってきたのは姉だけで、不安になった母親はトイレを探すが、どの個室ももぬけの空になっていた。
 母親と姉は、慌てて遊園地の迷子センターに駆け込む。係員は事情を聞くと、打てば響くように、母親に命じる。すぐに遊園地入り口に向かってください。そして出ようとする人をチェックしてください。普通の迷子呼び出しの手続きを期待していた母親はいぶかしく思いながらも入り口に向かう。
 つまり遊園地係員によれば、そういう形態での誘拐が頻発している、ということらしいのである。母親は、目を皿のようにして遊園地を去ろうとする人々を観察する。あれは、しかしまさか、と思いながらも指差したその先にいたのは、係員が調べてみるとまさしく三歳の妹だった。その子は、まさに誘拐され、遊園地から連れ去られるところだったのだ。某国人(この某国というのは大西が聞いた話としては名前が出てくるのだが以下略)にトイレで誘拐され、着替えさせられ、髪の毛まで色を変えられていたその子が確かに自分の子だと母親にわかったのは、その朝はかせた靴下の柄を覚えており、かつたまたま靴下だけは履き換えさせられていなかったからである、という。

 ははあそうか某遊園地は危ないな某国人は危ないな、とそれを聞いて私達は恐怖に震えたのだが、その友人と別れて、家に帰ってきて、ビールでも飲んで落ち着いて、つくづくと思い返していて、あれ、と思った。もしかしてこれは、あの「都市伝説」というやつなのではないだろうか。ひらたく言って、誰かの作り話ではないのか。

 おかしな点はいくつかある。まず、そのような事件が起こっているというのに、どうして我々はニュースなどでそれを耳にしないのだろうか。似たようなことは「ワン切り」のときにも言っていたような気がするが、今回は仮にも「誘拐未遂」なのである。誘拐未遂が頻発しているということは未遂でなく未成年略取されてしまった事件もあったはずで(靴下もちゃんと換えられていた、とか)、それに未遂で終わったとはいえ誘拐犯が逮捕されないはずがない。遊園地の体面をおもんぱかって表ざたにしなかった、という説明だけでは、いかにも納得しがたいのだ。

 また、あなたが外国の誘拐犯だとして、日本の遊園地で三歳の子供を誘拐するのが効率よい誘拐ビジネスと言えるだろうか。まず、三歳の子供が身元がわかるものを持っているとは限らないので、いわゆる営利誘拐ではないと思う(身代金の要求先がわからない)。が、すぐに身代金を要求するわけではなくて、あまり考えたくない長期的な利益を期待して子供を誘拐するなら、こんなことを言ってはなんだが、もっと世界中にはセキュリティの甘い国が多いようにも思うのである。対象が日本人というのが規定路線だとしても、遊園地というのは犯罪者には厳しいところであって、多くはない出入り口を固められると逃げようがないのだ。大したことではないが誘拐を試みるたび入場料が必要で目撃者も多い。誘拐の舞台がデパートや駅、いっそ道端ではどうしていけないのだろう。

 そして、どうもこの話全体が、劇的すぎるのである。知人の知人くらいの広い範囲の人々が経験する話としたところで、ほぼ一生に一度あるかないかくらいのドラマ性がある。夢の国をうたう遊園地を舞台にして、多くの人々が漠とした不安を抱いているに違いない外国人犯罪がひそかに横行している。この世で最も大切な存在である我が子を誘拐された母親が、押しつぶされそうな不安の後、誘拐犯の小さなミス、髪の毛一本の細い手がかりでどうにか我が子を無事取り戻す。恐ろしいほどドラマチックで、よくできた話なのだ。ほとんど、現実にあったとは思えないほどに。

 ただ一つ、都市伝説のパターンから外れているところ、あるいは、これを「作り話でしょう」とその場で簡単に受け流せなかった理由があって、それはこの話を「友人が経験した話」として聞いた、ということである。普通ここは「友人の友人」が経験した話でなければならないのだ。いや、これを読んでいるあなたにとっては「大西の友人の友人」の話になってしまうわけだが、私が聞いた時点では、確か「この前友人が行ったときに」という話だったと思う。本当のところどうなのか、友人の友人なのか友人なのか、その友人は具体的には誰なのか、電話でもしてもう一度聞いてみれば簡単にわかる話なのだが、まだやっていないので私は自分の頭の中で考え、こねまわしたことだけを、こうして書いているわけである。

 まったく、本当のところどうなのだろう。推論は推論なので言い切ることはとてもできないのだが、前例からするとむしろ、もう数ヶ月もすれば某国人による某大手遊園地での誘拐が社会的な問題になってくるはずなので、これをお読みの、幼い子供をお持ちの皆様におかれましてはどうかお気をつけください、と警告を発しておくのが無難なのかもしれない。いや、都市伝説に過ぎないと今の私は思っているのだが、たぶん五百回くらいを書いている未来の私に、今から訂正をお願いしておくのが無難だろう。こんなことをしてしまっては「いつ読んでも読み返しても同じように面白い」という目標からますます遠ざかってしまうが、来年の大西さん、スペースをあけときますので、ここに補足どうぞよろしくお願いします。


 





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