マックにおける一円

 どうも関西で育った人間の悪い癖で、「マック」と聞くとまずアップルコンピュータ社のマッキントッシュというパソコンのことを連想してしまう。ハンバーガーチェーンのマクドナルドのことを、私が教科書どおりに「マクド」と呼んでいるかと言うと実はそんなことはなく、普通に「マクドナルド」と呼称しているのだが、ではマクドナルドのことを「マック」と呼ぶ人にとって、マッキントッシュはいったいなんと呼ばれているのか。マッキントッシュなのかマックなのか。前者は長くて後者はややこしい。それでいいのか。

 結局マッキントッシュなんて使わないという人が多いというだけのことかもしれないし、まあよしとしよう。この長年の疑問をもう一回ここに書いてみたのは、新聞で「マックを一円安く買う」という囲み記事を読んだからである。今ここに書いてみて、やっぱり変な言葉づかいだと思う。マクドナルドの略語をマックと認めるとしても、正確には「マックでハンバーガーを一円安く買う」ではないか。マクドナルドの一番安いハンバーガーは「マックバーガー」という商品名ではないのだ(大きいのは「ビッグマック」だけど)。

 内容はこういうものだ。デフレ時代であり、昼食をできるだけ安くする工夫をしたいという前提がまずあって、では五九円のハンバーガーを三、四個買うときに、一円でも安く買うには、どうすればいいか。

 からくりは、なあんだなのだが、消費税にある。記事ではこのへんの計算の紹介がやけにおざなりで、算数的な面白さをなおざりにしている気がするのだが、五九円のハンバーガー一個に五パーセントの消費税がかかると、税金の額は二・九五円になる。二個では五・九円、三個では八・八五円が消費税分で、本体価格に上乗せして、客から徴収される。

 ここで、記事によれば、マクドナルドでは「一円に満たない端数は切り捨てる」という処理を行っているそうである。コラムには普通の店はだいたいそうであるというふうに書いてあるのだが、それは本当かどうかわからない。客単価が安い業種では四捨五入が穏当だと思うのだが、まあ、とにかくマクドナルドでは切り捨てなのだそうである。するとどうなるか。ハンバーガーを一個だけ買うと、税込み代金は五九プラス(三でなく)二円になるのだ。二個だと税は五円、三個だと八円である。

 これがどういうことかというと、つまりハンバーガーばかり二個以上買う場合、会計をまとめないで一個ずつにバラすと、切り捨ての都合で数円安くなる場合がある、ということである。二個買うと税は五円だが、一個ずつ二回買うと四円。つまり一円得をする。この伝で、三個を一個ずつ買うと二円、四個買う人なら三円得をすることになる(だから、正確には記事は「ハンバーガーを一円安く買う」ですらない。「ハンバーガー四個を三円安く買う」である、たとえば)。

 ちょっと面白いのは(そして記事では触れられていないのは)、もしマクドナルドが一円だけ値上げをしたら、つまりハンバーガーを五九円ではなく六〇円で販売したら、この方法はまったく使えない、ということである。六〇円の五パーセントはちょうど三円で、切り捨ても切り上げもなく、何個をどのように買っても会計は厳密に本体プラス五パーセントになる。五九円という半端な本体価格だからこそ、二〇個につき一九円という大きい値引き幅が生まれているのだ。

 しかし、まあ、大発見のように書かれているが、言ってしまえば数円のことである。不安になるのは、この記事が冗談なのか、それとも半ばまじめに書いているのかよくわからないところで、これを恥ずかしいと思ってはデフレ時代を生き抜いていけない、というようなことが書いてあるので、もしかして記者は本当に得だと思っているのではないかと疑ってしまう。いや、そうでないと本当は思うのだが、そうだったらなんだかヘンテコで、面白い。

 言うまでもなく、一円なり二円なり儲けるためには、何度もレジに並ばなければならない。そんなにハンバーガーばかり食べていいのかとか、ハンバーガー1個分浮かすためにはどれだけこれをやらなければいけないと思っているのか、むしろ1個減らしたほうが健康にいいのではないか、とかとか、思いは胸に去来する。貴重な昼休みが「レジに並ぶ」という無駄な作業に浪費されるのを、えい我慢しよう。好きでやっているんだから、と納得しよう。しかしそれでも、周囲に相当な迷惑がかかるのはどうしようもない。

 考えてみれば、いくら不景気とはいえ、周りに迷惑をかけていいとするなら、一円くらい稼ぐのは造作もないのである。風呂代を節約してもいいし、駅前で配っているティッシュを何度ももらうのもいい。節約法が、節約する部分がわずかなのであれば、せめて他人に迷惑をかけない方法でやりたいと思うのである。そうでなければ「テクニック」だけれども「知恵」とは言えない。私だったらそうしたくなると思うのだが、いらいらしている店員や他の客に「五円あげるからこれ持ってどっか行って」と言われたとして、悄然としないでいられるだろうか。むしろガッツポーズを作れるようになれれば何も怖いものはないが、そこまで行くと人生修業のしすぎだと私は思う。

 さて、柄にもなく批判的なことを書いてしまったが、そのマクドナルドも、七月からハンバーガーを八〇円に値上げするとのことである。八〇円の五パーセントはぴったり四円なので、もはや上の方法は使えない。ハンバーガー一個だけ買う客にとっては二一円ではなく二三円の値上げに相当するわけだが、七九円ではなく八〇円に決めたのは「ハンバーガー一個だけ頼む客」が多かったからだろうか。どうだろうか。


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