ハッタリナンバーズ

 演説調というべきか「ナニナニと感じるのは私だけでしょうか」という言葉を使うひとがいて、これはちょっとずるい表現だな、と思ったことがあった。というのも、当たり前の話「私だけでしょうか」に対して「そうッスあなただけっス」と返すことは、誠実な人間ならできないのである。世界じゅうの人間すべての意見を集計して、ようやく「あなただけです」ないし「確かにあなただけではないが、同意見の人は世界で五五人だけでした」というふうに返答できるのだ。だから、これはずるい。たぶん、もっともよい答えは「勝手な意見を述べて『私だけか』と聞かれても困る。あなた以外に同じ意見の人がどれだけいるか、証明する責任はあなたのほうにある」というところだろうか。

 と、修辞的な表現にいちいちツッコミを入れたかったのではない。この手の「相手を操縦するコトバ」は確かにある、ということが言いたかったのである。同じことを言うのでも、小癪なテクニックはいろいろあって、それだけにコトバというのはまだまだ奥が深いと思うのである。

 たとえば、特に話し言葉の中で、立て板に水とくり出される数字にはある種の力がある。「そのほうが格好いい」と言い換えてもいいのだが、長時間の調査に基づいたたくさんのデータが含まれた文章には、やはりだらだらとした話し言葉にはない説得力があると思う。たとえば、先日テレビでドラマを見ていたら、こんなセリフがあった。

「画家のゴッホは一七歳のとき画家になって、それから五八歳で死ぬまで三七七枚の絵を描いたんだけど、死ぬまでに売れたのはたった一枚なんですって」

断っておくが、この引用は正確ではない。端的には間に入っている数字は全部今私がでっち上げたでたらめなのだが、ここで言いたいことは、この言葉にはなんだかものすごい説得力があるということである。この後に「それなのにどうしてゴッホは描きつづけたのか」という話をしようものなら、危うく騙されて一生ネット上に雑文を書いて暮らしそうになってしまう。

 実際には上のような話をすらすらとする人はめったにいない。それはたぶん「ゴッホの生前に売れた絵はたった一枚」というエピソードの記憶に比べて、ゴッホが画家であった期間、没年、絵の枚数といった情報がさしたるドラマを生まない、枝葉末節のことだからである。これらの数字を略しても驚きは変わらない。コピー耐性があると言ってもいいだろう。簡単に覚えられて、次の日使えるというわけには行かないのだ。ゴッホが死ぬまでに描いた絵が何枚かは、いわゆる「トリビア」ではあるが、有名なテレビ番組「トリビアの泉」で取り上げられるものとは対極にある。「ムダな知識」と自嘲するかの番組の知識よりも、もっとムダな知識、デス豆知識なのだ。

 とはいえ、既に見たように数字が無価値だということにはならない。たとえば私あたりがこの話をテレビで見て、次の日その話をしてみようかと思うと、こうなる。

「ゴッホなんやけど、画家になってから死ぬまでにいっぱい絵を描いて、たった一枚しか売れへんかったらしいな」

 これでもすごさはわかる。わかるのだが、だからおまえも頑張れ、と言われても、説得力がないと思われないだろうか。私が言いたいのは要するにそういうことなのだ。突然登場する数字は、その背後に費やした時間や超人的な記憶力を暗示していて、他人を従わせる力があるのである。

「日本には保育所が一万八千個所、幼稚園が二万七千個所あるけど、それでも入れなくて待機している一歳児が八万三千人くらいいるらしいね」

 他にも法律関係はだいたいそうだという気がする。

「電車の往来を妨害したら民法上の賠償のほかに刑法六二条二項により、三年以下の懲役または五〇万円以下の罰金に処せられるけど、それでも踏切を渡るの」
「昭和五二年六月一八日の神戸地方裁判所の判例によると、妻が余暇を利用して作った手芸の売却益は夫婦の共有財産にはならないらしいよ」

 文系的な知識に限らない。こういう場面があるだろう。

「大和の主砲の初速がだいたい秒速一五三〇メートルだから、その倍だね」
「原子核を構成する陽子は電子の六六八倍の質量があるからね。全然世界が違うんだよ」
「『ひまわり』の高度七万二千キロメートルから見えるぞ、そのバカな踊り」

なんとなくイヤラしいニオイがしてきた気がするが、私がいつもやっているようなことである。

 ところで、今回の数字は全部嘘なのだが、それなりに説得力があったのではないだろうか。先にも述べたように数字式デス豆知識はコピー不可能なので、こういうふうにウェブに書いてしまってはなんにもならないが、これを人前でタテイタニミズっと使えば、まあバレることはあまりない。説得力のある、他人を従わせる人間になるために、これからは会話にもどんどん嘘数字を差し挟んでゆくべきだと思うのは、私だけでしょうか。


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