斜めに構えよ

「皆さんこんにちは。今回も始まりました『相手を不快にする文章講座』。この講座では、毎回講師の先生に、どのようにすれば相手を不快にする文章が書けるのか、そして、同じ内容をどう書けば読む方に最も不快な思いを味わわせられるのかを解説していただいております。これをご覧いただくことによって、誰でも簡単に不快な文章を書けるようになるという、そういう番組になっております。今回のテーマとして『どうしようもないことを言う』と題しましてお送りいたします。今回の講師は、いつもの通り、新都文化大学講師のボンジョルノ西橋さんです。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」

「さて『どうしようもないことを言う』ですが、これは具体的にはどういうことでしょうか」
「はい。何度も申し上げたことではありますが、相手を不快にする文章のためには、まず『相手を不快にさせない文章』をよく知らなければなりません。そこで、今回もまず『不快にさせない文章』がどういうものか、から考えてみますと、たとえば相手を批判する文章の場合ですが、問題をお互いの努力で解決すべきものであることを示し、建設的で、何か具体的で実現可能な、解決への指針が示されているものがそうでしょう」
「ははあ、なるほど。そういう批判であれば、聞いていても納得して、悪いところがあれば直そうかという気になりますね」
「はい。それではいけません。今回の場合、読む方に自分を省みたり、問題を解決したりして欲しくはないのです」
「ええ」
「ですので、簡単なほうから参りますが、相手を不快にする批判文では、第一に、問題は自分の関知するところではないことを示します。解決は相手のなすべきことであり、自分は難点を批判するだけです」
「そうですね。『議論を呼びそうだ』とか『難しい対応を求められる』というようなものですね」
「はい。第二に、これは言うまでもないことですが、解決への指針を示してはいけません。示す場合も、膨大なコストがかかるか、時期を完全に逸しているか、あるいは実施することで関係者の人間性や人生設計を完全に否定するようなものがよいでしょう」
「これはわかりやすいと思います。『頭を丸めて最初からやり直せ』『関係者全員が辞任すべきだ』のようなことですね」
「そうです。加えて『三年前の段階で抜本的な改革を行っておくべきだった』『事前の告知がなかったことによる感情のもつれはもう解決不可能だ』というようなことです」
「もうどうしようもないわけですね」
「はい。そして第三に、読む方個人に直接の原因がない場合、たとえば『青少年の教育』といったような話題の場合になりますが、その責任を、大きな共同体全体に担わせるべきです」
「ええと、それはちょっと分かりづらいと思われますが」
「はい。ここは例文を見てみましょう」

A:最近、高校生くらいの男子が、よくズボンを半分ずらして穿いて、街を歩いているけど、あれ、なんだろうね。格好いいとは思わないけど。
B:戦後教育が駄目なんだね。

C:テレビのこの人、ひどいこと言っているなあ。「このままだと地獄に落ちます」だって。
D:こんなのが通用するのが、この国の現実だよ。

E:テロ対策で、お弁当や飲み物の持ち込みは不可だって。手作りのお弁当はOKらしいけど。
F:日本はもうだめだな。

「身もふたもありませんねえ」
「はい。日本の教育がどう失敗したのか、国民の知的レベルが低いとして、誰が悪かったのか、どうすればよいのか。そんなことは関係ありません。『戦後教育』『この国の現実』といったところがそれぞれのポイントですが、悪いのは我々すべてであって、解決はできない問題であることをにおわせるのです。それが『どうしようもないことを言う』テクニックです」
「外交問題などにもよく使われていますね」
「はい『日本政府の外交の失敗だ』などですね。少し専門的になりますが、これらは一般に、解決には粘り強く地道な努力と、長い時間がかかることで、それでも失敗するかもしれない難しい問題です。困難な課題を突きつけると大部分の人は思考停止に陥りますが、それこそが目的なのです。この場合、相手の思考を停止させることは『我々はダメだ』ということを認めさせることだからです」
「なるほど。これは不快です」
「他に、やや質の異なるテクニックということにはなりますが、科学的に実現不可能なことを言うのも『どうしようもないことを言う』であると言えます」
「こちらも例文をどうぞ」

G:対策したとおっしゃいますが、十分な再発防止策になるのでしょうか。絶対の安全は確保されているんですか。たとえ百万人に一人でも、影響を受ける人がいる以上、対策が不要ということにはなりませんよね。こんなことで信頼の回復ができるのでしょうか。

「これはどうでしょう。無理もない主張に思えますが」
「そうですね。『絶対』というのは科学的に不可能な水準を求めていることになりますが、それでも十分な安全を求めるのは当然のことです。だから、これを本当に『相手を不快にする文章』にするためには、やや難しい調整が必要です」
「それは、単なるヒステリックな主張でもいけないということですね」
「はい。無理もない、納得できる主張ではいけませんし、ただわめき散らしているだけと取られるようでもいけません。相手を最大に不快にさせるためには、理にかなってはいるのだけれども、極端に面倒なことを言わなければならないのです」

H:携帯電話の電波が脳や生殖能力に悪影響を与えるという主張はまだ科学的に完全に否定されたわけではない。

「このようなものが例文としてはよいかもしれませんね」
「『完全に』がポイントですね」
「そうです。『たぬきが大量に人間に化けてたなかと名乗っている』だって、科学的には完全には否定されていません。というよりも、科学的にはなんであれ、厳密な意味で『完全に否定』などされないのですが、そのことは一般にあまり意識されておりませんので、非常に有効です。健康への不安で、みんながいやあな気持ちになることが目的です」
「たいへんいやあな気持ちになりました」
「大成功です」
「というところで、そろそろ時間になりました。まとめさせていただきます。今回のポイントをおさらいしますと」

・自分の仕事は問題の指摘。解決は相手の仕事。
・提示する対策は今はもう不可能か、非現実的。
・悪いのは巨大なシステムで解決は非常に困難。
・科学的にはなんであれ完全には否定されない。

「みなさんもぜひ不快な文章を作ってみてください」
「さて次回予告ですが、次回のテーマは『あえてぼかす』です。『どうせまたどこかのマスコミが大騒ぎするんでしょう』『まるでどこかの国の総理大臣ですね』のような文章の書き方をお送りいたします。ボンジョルノさん、次回もよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「今や、不快な文章でなければ読んでさえもらえない時代です。相手を怒らせて読者を増やす、『相手を不快にする文章講座』次回をどうぞお楽しみに」


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