カラシの効用

「あんまんぶたまんカレーまん、からしにしょーゆだだんだーん」
というのはアンパンマンのエンディングテーマの替え歌だが、ひさしぶりに思い出してよく考えてみると、上にはローカルな要素がいっぱいで、とてもこのままでは全国区になれない。なれないと思うがどうか。

 え、なれるんちゃうの、と思ったあなたは関西人である。なれるんじゃないの、だったらどうだかわからないが、まずもって全国的には「ぶたまん」とは言わない。「肉まん」というのである。肉と単に言った場合牛肉を指すか豚肉を指すかということに対する有名な東西の差がここにも顔を出していて面白いが、それだけではない。からしだ。ぶたまんか肉まんか、要するにあんまんじゃないほうのアレをコンビニで買ったとき、からしをつけてくれるのは関西だけらしい。関東で「からしをください」というと、けげんな顔をされつつおでん用のからしをつけてくれるそうである。

 といつつ茨城においては一度もコンビニで肉まんを買ったことがない私だが、決してこれには私の知人のある香川県人がそうだったような、よその県ではちょっと街でうどんは食べられませんねだってばかばかしくって的な、なんというかアレなソレではなく、結婚して休日など三食子供と食べるようになるとそういう間食をする暇がないからだが、そして子供と言えば、なんだか話が戻るが「おでんくん」というキャラクターがある。見かけたことはおありだろうか。

「おでんくん」というのはNHKでやっているアニメだが、ベストセラー「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」のリリー・フランキーが原作者である。このリリー・フランキーのことを思い出すたび、私の名乗りがジャッキー大西なことについて、これでよかったんだ大丈夫だったんだ、と意を強くするのだが、この主人公の「おでんくん」、実はもちきんちゃくであるらしい。

 これについて、いつも思う。おでんの世界を舞台にして物語を作る場合、その主人公、おでんの中のおでんが「もちきんちゃく」というのは、果たしてどうなのか。たしかにもちきんちゃくはうまいが、これは仮にアンパンマンのような作品を作るとき、この話にはパンをいろいろ出してその主人公は、と考えて、ハンバーグを間に挟んだハンバーガーマンみたいなのを主人公にするようなものではないか。ハンバーガーは確かに本質の一つとしてパンだけど、そしておいしいのだけど、主人公が、パンの中のパンがこれでいいのか、と思うのである。おにぎりだったら「シーチキンマヨネーズおにぎり」とか「スパムむすび」で、お菓子だったら「ガトーミルフィーユ」が主人公をやっているような感じだ。焼き肉がキャラクターになって出て来る話で石焼ビビンバが主人公とか、車がたくさんいろいろ出て来るアニメでハイブリッドカーが主人公とか、おもちゃが意志をもって動き回る話でニンテンドーDSのしかもライトなやつが主人公とか、だんだん「それでいいのではないか」という感覚が頭をもたげてくるが、とにかくそういう違和感があるがどうなんですかリリーさん。

 しかし、ひるがえって考えて、ではおでんの世界において誰が主人公か、じゃがいもか大根かちくわかがんもどきか、と詰め寄られると、確かにもちきんちゃくはそういう意味ではキャラクターが立っているというかなんというか、主人公をつとめられるのはかれくらいであるような気もしてくるのである。じゃあいいじゃないかもちきんちゃくで。まあそうなのだが、この違和感には、私の家のおでんにはもちきんちゃくがあんまり入ってなかったという事情がもしかしたら関係しているのかも知れない。

 ところで、私の故郷ではおでんとは言わない。かんとだきというのである。たぶん「関東炊き」の意だと思うが、小中学校の給食のメニューについてくるときも「かんとうだき」と書いてあったような気がするので、かんとだきという名前では決して全国区にはなれないとは思うものの、ローカルはローカルとしても決してマイナーな言葉ではないと思う。ところで私はこの給食のかんとだきが決して好きではなかったので、これは大人になってしかも関東に来てから食べたおでんがたいへんおいしくて好きだったりするのと矛盾するような気もする。これには「給食のかんとだきにはカラシがついていない」という事情がある程度関係しているに違いなく、決して給食のかんどだきにはもちきんちゃくが入っていなかったから、ではないと思うがどうなのだろう。


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