七進法万歳

 月日の経つのは早いもので、特に子供の周りは時間の流れ方がまったく異なっているように見える。なにしろ、このサイトを始めたころには影も形もなかった私の長女が、4月からはもう小学生である。これは恐るべきことであり、私自身がこの間に変わったように思えないのに、彼女ときたら手も足も出ない赤ん坊から「そうだよね、そうだと思ったよ」などとしゃべる小学生に成長してしまった。いったいどうしたらいいのかと毎日頭を抱えている。心の準備もなにもあったものではない。

 最近、学習指導要領の改訂があったりしたが、気がつくとそれはつまり、この子が小学校で何を勉強してくるか、ということである。だからすでにひと事ではなくなっているので、それでまた頭を抱えたりしているのだが、それにしても、自分にまだ子供がなかったころから、指導要領の改訂とか、学校の教育方針ということになると、なにかこれに対してモノをいいたくなるのは、どうしてだろうと自分でも不思議だった。その話題をここに書くと掲示板がにぎわったりして、やはり注目度が高いことが伺える。これはたぶん、みんな一度は学校に行って国語や算数を勉強していたことがあるからではないかと思われる。こういうことは他にあまりない。

 そういうことで、何度か書いている気もするが、小学校の算数において、円周率を「3」として計算するとかしないとか、そういう話が取りざたされるたびに、円周率というものの筋の悪さ、そう言って悪ければ、運の悪さ、というものを感じていた。周知の通り、円周率は、こういう数字の並びになっている。いわゆる無理数、どこまで行っても循環しない無限小数である。

3.14159265358979……

 こういう無限小数を使って計算するとき、いずれ概数を使って計算することになるわけだが、えいやと言ってしまうなら、こういう場合、最初の2桁くらいで計算する、とポリシーのようにして決めてしまって、そんなに外れはない。重力加速度として9.8メートル毎秒毎秒を使うとか、日本の人口として一億三千万人を使うとか、そういうことだが、3桁以上を使った計算というのは、特に事情があって精度が必要なときだけ、特別に行うべきことである気がするのである。

 それなのに、少なくとも我々が小学生のときは、たいていこれは「3.14」で計算することになっていて、いちいち筆算をやらねばならないので、面倒だったのを覚えている。3.14の「1」のところはめったに繰り上がりがないのでまだ楽だが、次の「4」が、しばしば繰り上がって、計算が面倒でならなかった、というような、そんなことまで感覚として覚えているので、よほどいやだったのだと思う。

 だいたい、3.14では少し精度が高すぎる。精度が高すぎて困ることはあまりない気がするので、それでこうなっているのかとも思うが、これは10センチメートルの長さに対して0.05mm程度に誤差を抑える計算である。ノギスの副尺のひと目盛り分の誤差しかないような、高精度な計算をやらされているのだ。そうして求めるのが「缶の周りに巻きつけたひもの長さ」だったりすると、こんな計算はやる必要がないはずだ、と教壇まで行ってばしばしばしと黒板を叩かなければならないところである。

 なぜ3.14、三桁なのか。3.1ではいけないのか。最近の、すでに方針転換が決まっているいわゆる「ゆとり教育」で、これを「3」として計算しなさい、という指導がされているという話題もあって、あの面倒な筆算をしなくて済むならいいなあ、と私などは思ったのだが、3というのもちょっとこれはこれで行き過ぎである。どうしてそう極端に振るのか、と思うのだ。3では、やはりちょっと誤差が大きすぎる。10センチメートルに対して4ミリであって、これでは実用的な答えを求めたことにはなるまい。

 どうしてこうなったのか、単なる想像なのだが、これはもしかして、3.14159という数字の並びが悪いのではないかと思うのだ。円周率をある桁で四捨五入して概数として使う場合、

3
3.1
3.14
3.142
3.1416
3.14159

というような数字が考えられるが、3.1を使った場合、次の「4」がとてつもなく大きな数字に思える。「4」などという数字を切り捨てていいものかと思うのであり、それに比べれば、次の桁の「1」は羽のように軽い。切って捨てても何の問題もなさそうで、だからこそ、たいていはここで切って「3.14」とするのではないだろうか。「3」としたのも同じ感覚で、1なら切っても問題なく思える。以上はただの想像だが、3.142というのも、同じ理由で使われなさそうな気がするがどうか。

 もしも、円周率がこんな数字でなければどうだろう。2桁で、いかにも切りやすそうな、たとえば3.509などという数字だったとしたら。これはもう、どんな教育者も「3.5で計算せよ」ということにして、何の疑問も持たなさそうな気がする。こういう場合、円周率を4で計算せよ、と言った人がいたとしたら、ヒナンゴウゴウということになると私は思うが、あなたもこれには同意してくださると思う。要するに、たまたま円周率が3.14159等という数字であったばっかりに、我々はこんなに苦労することになっているのである。

 とはいえ、もしも円周率が違っていたら、という、そういう世界を考えることは合理的だろうか。著しくゆがんだ空間を備えた宇宙、というようなものを考えることはできて、この場合、実際に円周率を測定してみると、そのゆがみ方によって大きく伸び縮みする、ということが実際にありえる。地球上で本当に大きな円を書いて、その円周と「地表に沿った」直径を比べると、その比はπになっていないが、そういうことである。ただ、この場合も、本当は球である地球上に住みながら我々が平面というものを想像できるのと同様、この世界においても純粋数学においてユークリッド空間を空想することはでき、そこでの円周率はやっぱり3.1415等、ということになるだろう。困っているのは、我々の世界だけではないのだ。

 しかしそうでもない。考えてみると、円周率が3.14159等なのは、我々が十進法を使っているからであって、他の基数を持つ記数法を使えば、この印象はまったく変わるはずである。他の世界どころか、我々は文化的歴史的な都合でたまたま十進法を使っているだけで、もう一度歴史のサイコロを振りなおせば八進法や一二進法が勝利を収めていても不思議はなかったのだ(特に人間の手指の数が今と違っていた場合など)。円周率を他の記数法で書くとどうなるのか、やってみた。

10進法:3.14159265
9進法:3.12418812
8進法:3.11037552
7進法:3.06636514
6進法:3.05033005
5進法:3.03232214
4進法:3.02100333
3進法:10.01021101
2進法:11.00100100

 小数点以下8桁まで書いた(次の桁は四捨五入せず切り捨てた)ものだが、こういう書きかたをすると、基数が小さくなるにつれ、だんだん残差が多くなる。2進法の場合はこれだけ桁数を使ってやっと「3.140625」で、十進法の3.14程度の精度である。そういうものだろう。いちおう、基数が大きくなるほうもやってみると、

11進法:3.16150702
12進法:3.18480949
13進法:3.1AC10490
14進法:3.1DA75CDA
15進法:3.21CD1DC4
16進法:3.243F6A88
17進法:3.26EAF579
18進法:3.29FDEH0G
19進法:3.2D239829
20進法:3.2GCEG9GB

 このようになる。さて、これをざっと見たところ、2桁でうまく切れそうな、3.509に似た数字の並びは見当たらない。強いて言えば8進法の「3.11037」の小数点以下2位を切り捨てて「3.1」とするくらいで、あとは15進法の「3.21CD1」を「3.2」として使うくらいだろうか。残念、というところだが、ここでよく考えてみると「小数点以下2位で切り捨てやすい数字」ではなく「小数点以下2位で切り上げやすい数字」を探してもいいはずである。仮に十進法で円周率が3.191だったら、3.2で計算すればいい、と考えることができる。そういうことである。

 その観点で探してみると、いいのがある。それは7進法の「3.06636」で、一見、ぴったりでもなんでもない数字に見えるが、実は7進法では使える数字は6までしかなく、「6」の次の数字は「10」である。だからこの、小数点以下2位からの「66」は、十進法的な感覚では99と書いてあるようなものなのだ。つまり、7進法では円周率はほぼ「3.1」である。小数点以下2位を切り上げてもそうなるし、小数点以下3位を切り上げても、結果は「3.10」であって筆算での計算上は「3.1」と同じである。

 7進法の「3.1」は、これがなかなかよいπの近似値である。真の円周率からのズレは0.04パーセントだが、これは十進法における3.14とπとの差0.05パーセントよりも、さらによい近似になっている。2桁でこれを達成しているというのがなかなかすごいが、上で書いたように、小数点以下3桁目を切り上げても「3.1」になる、という事情があるからだろう。これなら、どんな教育者も「3.1」で計算せよと教えて、何の疑問も持たないはずだ。

 余談だが、上は結局「三と七分の一」が円周率をよく近似している、ということであり、この分数を使った計算は、ときとして3.14を使って計算するよりも楽だ、ということは覚えておいてもよい。たとえば、直径12センチの円の円周を求める計算で、円周率として3.14を使うと、12×3.14という計算を行う必要がある。これは暗算ではちょっと無理かもしれない。しかし3.14のかわりに、3と1/7を使うと、行うべき計算は(12×3+12/7)となる。つまり36+1+5/7であり、37+5/7センチ、ということになる。5/7を計算する必要がある場合は3.14を掛けるのとあまり手間が変わらなくなるが、実際に紐を切ったりする作業が次に控えているなら、十分な答えである。37センチと、あと1センチを7つに割ったらだいたいここが5つめ、と思うところにハサミを入れればいいからだ。

 というふうに便利な7進法だが、もちろん問題は、今われわれは十進法を使っているのであり、また小学生に7進法を教えるわけにはいかない、ということである。問題というか、それが致命的だとも思うが、まあ、最初考えるほど、7進法は悪いものではない。「六六」(我々の世界における九九)の表はずっと小さくなって覚えやすいだろうし、それに6年生の次は繰り上がって中学生、という今の教育制度は、考えてみると、まるでこの事態を予測していたがごとく、7進法そのものではないかとも思えるのである。7進法万歳。


トップページへ
▽前を読む][研究内容一覧ヘ][△次を読む