分かち合う二人 このエントリーを含むはてなブックマーク

「ごちそうさまー」
「ごっそさーん。ほな、お風呂、どっち先にはいろか?」
「あ、お風呂より先になあ、今晩はええもんがあるねん。じゃじゃーん。これ、もろてきたよう」
「おー。ケーキやんけ。これ、どこで買うてきたん?」
「ちゃうちゃう。もろてきた言うたやん。あのな、うちの通ってるジムの人でアキヤマさんておる言うたやろ。ダンナさんが市役所に勤めてはる」
「え、どんな人やったかいな」
「えー。なんやの、なんべんも言うたやんか。ほんまあんたなんにもヒトの言うこと聞いてへんなあ。ほら、こないだマンダイで会うたやんか」
「おー。おーおーおーおー。思い出した。あのアキヤマさんか」
「せやよ。あのときもあんた、『今のん誰やったかいなあ』てごっつ大きな声でいうねんもん。うちめっちゃ恥ずかしかったわ」
「しゃあないやんけ。わし、地声大きいねん」
「地声ていう問題ちゃうと思うわ。なんか、調整がきかへんねん。いっつもボリューム最大で回らへんテレビみたいなもんや」
「へえへえ。すんまへんすんまへん。それで、ケーキ食べるんとちゃうんか」
「あ、せやった。えへへへ」
「えへへへとちゃうがな。そのアキヤマケーキを今から二つに分けて食べよかちゅうこっちゃな」
「アキヤマさんて、ええひとやわあ。うち好きやわあ」
「ほんまやなあ。まあ一個しかくれへんのは、ええひとなんかどうかわからんけどな」
「そんなん言うたらばちあたる。ぜったい、あんたばちあたるわ。包丁もってきて」
「はいはい」
「はい、あー」
「おー」
「あー。ほな、あんたこっちな」
「おい。おまえのほうが大きいやんけ」
「うわ。子供や」
「子供とちゃう。明らかにおまえのほうが、ごっつ大きいがなて言うとるねん」
「子供や。そんなことでがちゃがちゃ言うのは子供や。わあえらいこっちゃ。うち子供と結婚してもた。お義母さあん。あんたんとこの息子はんは、もうすぐ三〇やのに嫁よりケーキが小さい小さいいうて泣く、むっちゃしょうもないおっさん子供やでえ」
「子供ちゃう言うとるやんけ。わしは、そういうええ加減なことが好かんだけや。あのな、教えたる」
「お義母はーん。うち怖いわー」
「いやあのな。こういうときは、切る人と選ぶ人が、同じ人ではあかんねん。こういう三角形のケーキみたいな、どう切っても文句でるようなのはな」
「えー。なんでよ」
「それを教えたる言うとるわけや。こういうときはや。まず一人目が切る。二つに分けて、どっちを自分がとっても文句ない、というまで調整する」
「うん」
「それで、二人目が、そのどっちかを選ぶわけや」
「へえ」
「へえとちゃう。まあお聞き。そうするとやな。一人目は『どっちとってもええ』と思って分けたわけやから、文句はない。二人目は、自分の好きなほうを選んだわけやから、もちろん文句はない」
「ははー。おいしいな」
「そうか。いや、そういうわけでやな。せやからケーキは、切ったほうが先に選んだら……て、もう食べてるやん。大きい方があらへんやん。皿、猫がなめたようになっってるやん」
「いや、おいしかったし、ようわかったよ。切ったひとが選んだらあかんねんな」
「わかってもろたんはうれしいけんどやな。あー」
「おいしかったで。アキヤマさん、ええひとやわあ。ほな、うちお風呂先に入るな」
「入るなとちゃうがな。いっつも言うとるがな。片づけて行かんかい。流しまで持っていってくれな、あとで大変やて言うとるがな」
「あんたほんま細かいことでうるさい男やなあ。またお義母さんに電話かけてもええか」
「あ、いや。それは困る」
「ほな、片づけよろしく」
「いや待った。あのな。そない言うたらこの飯の後かたづけいうのもやな。いっつの間にかわしの仕事やいうことになっとるけど」
「うん」
「これもほんまはおかしいねん。いや、偉そに言うわけやないけどな。わし、昼間ごっつ働いて、へとへとになって帰ってくるやろ」
「そうなん?」
「そうやねん。で、おまえは日がな一日ここでごろごろしとるやろ」
「そんなことないわ。なに言うてるねん。洗濯もあるし、ミーシャの世話もあるやんか」
「猫の世話がそないたいへんか。いやええけどな。それでや。わしが今から二つに分ける。会社の仕事と、それ以外ぜーんぶの家事や。おまえ、どっち選ぶ」
「え?」
「いや、もしも、おまえが昼間会社に行ったら、わし、そのほかぜんぶ、喜んでやったろ言うとるわけや。洗濯も、風呂掃除もする。ミーシャかてめっちゃ洗ろたるがな。掃除もするし、料理も、片づけもするでえ。それでおまえは、わしを養うと。どないや」
「どないて、そんな……さきに分けるて、ずるいやん」
「いや、ずるうない。だから選ばしてやってるがな」
「ずるいわ。そんなんずるい。ぜったいずるいわ」
「いや、ほしたら、おまえに分けさせたる。わしが選ぶ。それでもええよ」
「ええと、会社の仕事やろ。ご飯の後かたづけやろ。お風呂とおトイレの掃除やろ、布団干しやろ。それから、残り全部」
「そんならわし、残り全部のほうな」
「あ……ずるう」
「ずるないて。おまえが分けさせいうから分けさせてやったんやん」
「……ずるい。……ずるい。そんなんずるいわ……」
「いや、わしが何を言いたいかというとやな。もうちょっといたわってくれてもええのんとちゃうかという、そういうことで」
「……あんたはいっつもずるいねん。そんなんおかしいわ。ええかげんなことばっかり言うて」
「いや、そんなことないがな。道理やがな」
「……ひどいわ。うち、そんなんずるい思うわ……ケーキかてひとりで食べんと置いとったったのにぃ……ひぐ」
「あ」
「ひぐ、ぐっ、ぐっ、ぐっ。うええええええええ」
「わあ、わかったわかったがな。わしが悪かった。悪かった」
「ええええええ。ああああええあああああー」
「泣くな。泣くなて。わかったから。わしが片づけ、するから。おまえはお風呂入ってきたらええがな」
「うえええええ。お風呂掃除も?」
「ああ、わしがする。するがな」
「布団干しも?」
「ああ」
「資源ゴミ出しも?」
「するて。せやから泣くな」
「……わかった。もうそんなこと言うたら、嫌やで」
「……ああ」
「うち、お風呂入ってくるわ」
「……ああ」
「お先なー」
「……さ、はよケーキ食べて、片づけかたづけ」


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