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 さきの地震ではいろんなことがあった。私の身のまわりにもたいへんなことがいろいろあったのだが、そういうときに、むしろそういうときにこそめげずにアホウなことを書くのが私に課せられた使命というか、私にせめてできることではないかと思う。などと書けるようになるまで実に半年もかかってしまっているのだが、何かを吹っ切るために、ここにこういうことを書きたい。以下内容はくだらないことです。すいません。

 地震という現象は地球上どこに行っても地震で、ただそれぞれの言語にそれぞれの呼び方があるだけである。いや、地震のない国ってあるだろ、そこでもそうかと言われると困るが、そういえば、英語だとこれは「earthquake」という。earthのquakeなので、これは月に行くと「moonquake」、火星なら「marsquake」と、どうしても言いたくなる。これは天文学者や宇宙飛行士やSF作家が冗談で言っているのではなくて、moonquakeで辞書にも載っているが、たぶん、これを最初に考えた人が深く考えていなかったのは「これがこのまま行けばどうなるか」についてである。

 一番最初だ。たぶん、月探査の一環として、月の振動を使ってどうこうする実験を考えたときに「えー、では月の内部を探るために、この装置で月に地震を起こさせます。おっと、月だからアースクェイクじゃなくてムーンクェイクですね(笑)」というような話があったのだろうと思われる。英語圏なので;-)かもしれないが、ここで、デヤ、ワシイマ、ウマイコト言ウタヤロガイ、という顔をした人のその頭の中に、これから先どうなるのか、どこかの惑星に新しく移民するたびに、そこでの地面の揺れを「なんとかクェイク」と呼んでゆくのかという、その覚悟は本当にあったのだろうか。私は真剣に疑問に感じるのである。

 たとえばエンドアという惑星に植民したとする。10光年くらい旅して見つけた本物の地球型惑星であるが、ここに住み始めて人々は気づく。ここでの地震はエンドアクェイクではないかと。エンドアは若い惑星でありしょっちゅう地面がガタガタ揺れるのだが、そうすると当然エンドアクェイクという言葉が人口に膾炙するようになり、エンドアクェイクという言葉が本場地球の辞書にもちゃんと載ることになる。エンドア中央大学ではエンドアクェイク学のゼミが存在し、エンドア気象庁のサイトにはエンドアクェイク情報のページがあり緊急エンドアクェイク速報が流れることになるだろう。

 言うまでもなく、これは非常にやっかいである。なにしろ時は大恒星間植民時代であって、エンドア以外にもばたばたと植民星への移民が進んでいて、それはいいが、新しい星に住むたびに新しい「なんとかクェイク」ができるのだ。イトカワの揺れはもちろんイトカワクェイクであり、この星のイトカワ中央大学のイトカワクェイクゼミの教授はエンドアクェイクゼミのプロフェッサーと鋭く対立することになる。「え?こっちはエンドアクェイクの学会ですよ?」みたいな意地悪を言われて、お互い学会に呼んでもらえないのだ。それだけではない。うっかり惑星クィッククロックなどという名前をつけてしまったらそこでの地震がクィッククロッククェイクなどというノドを突きそうなことになるし、そこが惑星フィネガンだったらフィネガンズクェイクになってなんだか嬉しい。

 などと、何が言いたいのかわからなくなったが、とにかく「ナントカという星での地震はナントカクェイクと呼ぼう」というルールにはいろいろ問題があるということなのである。クェイクの都合に合わせて惑星の名前をつければいいと思うかもしれないが、もしもよくわかってない日本人とかが新しい植民惑星に「N-36」などという名前をつけてしまい、あまつさえそこに大挙して植民を始めたらどうするのか「エヌサーティシックスクェイク」になってしまうではないか。将来、エヌゼロワンクェイクからエヌセブンティナインクェイクまで全部辞書に載せろというのか。日本人が英語のなんたるかがわかっていないからであるが、英語圏の辞書編纂者もさすがに自分たちの犯した過ちに気づくのではないか。

 いや、これは英語だけの問題ではなく、そういえば日本語の、地震という言葉も危ない。moonquakeの訳語として月震という言葉は確かにあるし、火震とは言わないと思うが、火星震なら言いそうな気がなんとなくするからである。これはよくないことだ。地震の地が地球の地であることをいいことに、確かにここはいくらでも活用が可能なところであり、ケロっとN-36震だのN-36震速報などというものが存在しそうな気がする。問題は「フィネガン震」などと書いてもちっとも嬉しくならないところであるが、ここはぜひ「地震の地は地球の地じゃなくて地面の地じゃね?」という常識を働かせて、事態がここに至る前にブレーキをかけていただきたいと思うのである。日本人が調子にのってズツウニノー星などというものを作り始める前にである。そこに地震があったら一発で頭痛が楽になる。ところで朝鮮半島に地震があったらカプサイ震である。

 もうダジャレはたくさんだが、一方台風である。台風こそは、言語によって呼び方が違う。台風を台風と呼んでいるのは日本で、もちろんそれぞれの国でそれぞれの呼び方をしているのだろうが、それだけではない。なんでもこれは発生した海によって呼び分けているのだそうで、アメリカの近く(カリブ海とか、メキシコ湾とか、北大西洋でも西のほうとか、北太平洋でも東のほうとか、とにかくアメリカの近くの海)で発生したものはあくまで「ハリケーン」であって、それを日本語に直しても台風にはならないのだそうである。同様にインド洋や太平洋でも南のほうで発生するとサイクロンになる。現象は一つなのだから、どこであれ発生したソレは日本語では台風と呼び、別の国の人は別の呼び方をしてください、としておいて何の問題もない気がするのだが、とにかく台風(およびハリケーン、またはサイクロン)業界では、場所によってきっちりと呼び分けることにしている。どうしてそういうセクト主義的な呼び方をするのか、番号で呼びわけたり進路予想をする都合があるのかもしれないが、ところで、南大西洋や、北大西洋東部の、ヨーロッパに近いところで発生したものはなんと呼ぶのか、何か言い方はあると思うが辞書に書いてなかったので知らない。

 事情はそういうことなので、もしかしたらハリケーン学会で台風の話をすると「ヘッ? それはジャパニーズタイフーの話でしょうが?」みたいな顔をされるのかもしれないのだが、いやそんなことはないと思うが、私が心配しているのは、これが宇宙時代において何と呼ばれるかである。たとえば木星にあるでっかくて赤い丸いの、大赤斑であるが、これは「台風のようなものではないか」と言われている。言われているのだが、これは「ハリケーンのようなものだ」とアメリカ人は思い、「サイクロンのようなものだな」とインド人は思っているということになるが、じゃあそれぞれの学者が出会って話をするときに、言葉遣いとしてはいったいどうしたらいいのか。ズツウニノー震の類と違い、人類が実際に植民惑星において熱帯低気圧に襲われるのはそうそう近い未来ではないと思うが、そのときにそれを台風と呼ぶのか、ハリケーンなのか、サイクロンなのか。これは早めに意思統一をしておかねばならないと思うのである。

 いや、なんということはなく、ニューヴァージニアではハリケーン、N-36での熱低は台風と呼ぶ、という話になるのかもしれないが、ここまでバラバラなら、なんとなく、新しい名前を名付け放題だという気もする。N-36で台風に相当する熱帯低気圧は「ゴジラ」と呼ぶのだ等である。新しい惑星を見ると、すぐその海やら山やら川やらに自分の名前をつけたくなるものだが、「そこでの地震」「そこでの台風」にきちんと名前をつけること、できればそのうち一個くらいは怪獣の名前をつけること、それを我々は忘れてはならない。

 などと、今回は頭から尻尾までまったく不必要な心配というものだが、こんなふうに遥か未来を見据えてこれからも頑張ってゆこうと思う。足元を見つめてくよくよするよりも、たぶんそのほうがよいのではないかと、私には思える。


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