抗菌と私

 いったいぜんたい、抗菌加工を施したものに「抗菌」と書かねばならないというこれはルールなのかそうしなければならなと決まっているのか。これを問いたいという趣旨の今回は文章ですが、というのも「抗菌」と書いてあることで、そこが本来汚い場所で細菌がうようよしているのであるということを逆説的に思い知らされることがあるからです。ちょうど「落書きはやめよう」と書いてあることで、逆にここに落書きをする人がいるとわかるようなものです。

 抗菌と書くから汚いわけではない。はいそうです。そうなのですが、要するに普段は「これは汚い(可能性がある)」ということを忘れているからではないかと思います。たとえば、何度も同じたとえを使うようですが、ラーメン屋さんで「うちのラーメン鉢は殺菌してあります」などと書かれていたとしたらどんな嫌な感じがするか。するでしょう。はっ、今まで私は殺菌してないラーメン鉢でラーメンを食べていたのではないかと、ものすごくイヤな気持ちになるし、誰もそれで得しません。あれですあれ。

 だいたい「抗菌」という言葉、そもそここれがいかにも信用ならない。こう見えても長いこと生きてきた、社会人としての私の常識というものがささやくのですが、銀イオンだかなんだか知りませんがプラスチックの表面にちょこっとした工夫を施すだけでズバっとガシっと菌がいなくなるような、そんな便利なものなど存在しないに決まっているのであって、現実的には特定の状況下である種の細菌の繁殖をある程度抑えこむとかその程度のものであるはずで、もちろんないよりはマシではあるのでしょうがもとより完璧なものではない、はずです。わしはそう思う。

 であればいっそ黙って抗菌しておればよい。見えないところで社会を支える基盤の一つとして、静かに自分のできる範囲で考える第一歩としてきっかけとして菌類に抵抗していればいいと思うのですが、それをいちいちうれしそうに抗菌と書いて「ここは抗菌加工をするに足る汚い場所です」というようなことをこちらに知らせてくれなくてもいいと思うのですが、どうなのですか。

 などと、書いておいてなんですが、もちろんこれは言いがかりというもので、実際には抗菌加工を施してあってもそのことが書いてない場合もあって、ただその場合には私が気づかないので平和でいられるだけかもしれませんが、そんなことを思ったのは、あるとき上野駅の常磐線特急ホームから本屋さんなどがあるフロアにあがるための長いエスカレーターの手すりに、「抗菌」とあったのを見たからです。

 こんなものは前はなかったものですが、新型インフル対策でしょうか。手すりの上面に「手すりをお持ちください」との注意書きと交互に、一メートルくらいの間隔で、抗菌、抗菌、抗菌とあるのです。いやこむしろこうです。抗菌、お持ちください、抗菌、お持ちください、抗菌、お持ちください。抗菌っ。お持ちくださいっ。嫌だよ。嫌だってば。そう言われると、急に不安になるじゃないですか。誰が触ったかわからない手すりなんて絶対持つもんかと思うじゃないですか。「抗菌」と言われるまではそんなことぴょこりとも思わなかったのに。

 いっそ貴重な文化財など触られたくないところに「抗菌」と書いておけばどうか、そうすればみんな触らなくなるのでは、などと一瞬思いましたが、触る人は「そうか抗菌か、それなら安心だ」と何の屈託もない明るい表情でさわっと触ると思うので、まったくもって箸にも棒にもかかりません。まったく抗菌。敵に回すと頼りなくて味方につけると頼りないやつです。きっと菌の方でもそう思っているに違いありません。

 言い忘れましたがこの雑文は抗菌なので安心です。本当です。


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