究極の解答

 「カテキンスポーツ」がどうとか、3DOが落ちてたとか、あまりにも科学と関係のない話題が多いという指摘があるかもしれないので、今回はアカデミックにいってみたい。

 いま、私の手元に関数電卓がある。関数電卓ではよくあることだが、ワンタッチでいろいろな内蔵の定数を呼び出すことができるようになっている。光の速度や重力定数のような普遍定数、電子の質量のような物理量(これがまた、エレクトロンボルトでなくてなぜかキログラムで入っていて悩ましいのだが)が主なところだが、そのなかにおもしろい定数を見つけた。

「ultimate answer」

 究極の答え、ということだろうか。なんだかよくわからない。呼び出してみると、文字盤に「42」とだけ表示される。やっぱりなんだかわからない。

 つらつら思い出すうちに、この「究極の答」をあつかったSFを読んだことがあるような気がしてきた。ルーディー・ラッカーかラファティか、「銀河ヒッチハイクガイド」か、いずれその辺りだと思うのだが、確かこんな話だ。

 登場人物が、神のような究極の知性に、一つだけ質問を許される。科学者でもある主人公は、かねてより自然を解きあかすことに情熱を傾けており、「究極の答えを知りたい」と尋ねる。それに対して神のよこした答えがこの「42」。「げっ。なんだそりゃ。どういう質問の答えなんだ。それは」「質問は一つきりぢゃ。ではさらば」。

 本当にこんな話だったか、それにこの話に出てきた数が42だったかどうか、調べたわけではないので自信はないが、いずれこんな話が背景にあると思われる。なかなかイカス関数電卓だ。ただ、数学的な目で見て、42という数字にはあまりおもしろいところがあるわけではないので、そこがちょっと残念ではある。では、どんな数字ならいいのかと言われると悩んでしまうのだが。ちょっとひねって、もう一度質問をすると、42.1と言われるというのはどうか。てん1、ってなんなんだよ、なんで増えてるねん、とか。

 似たような話に、こういうのがあった。出典は「日経サイエンス」の「数学レクリエーション」(I.スチュアート)だ。

 「1・2・3・5・8・13、と、この数列の次にくる数字は何でしょうか」「17だ」「え、どうしてです。21ですよ。前の二つの数字を足すと…」「いや、いいんだ。どんな数列にも、それを通る多項式を作ることができる。だからこういう質問の答えは常に17なんだ」

 人を食った話だが、一面真実でもある。どんな数列にもなんらかの意味はこじつけられるわけで、両者の差異は、どちらの法則のほうがエレガントに見えるかという、はなはだ主観的な議論にすぎないことが分かるのだ。「直前の2つの数字を足して作った数列」と「数式(x-1)(x-2)(x-3)(x-5)(x-8)(x-13)(x-17)=0の解を小さい順にならべた数列」という二つの理由に、数学的に優劣があるわけではない。あとは、なんで17か、ということだが、まあ、この数が好きなのだろう。スチュアートさんが。

 数字などという、もっとも抽象度の高い概念にも、好き嫌いというものが存在するのはおもしろいことだ。一桁の数字では、たとえば日本では伝統的に4と9が嫌われ、8が好かれるとされている。ただ、これは語呂合わせとか、文字の形とか、数字と言語を結びつける表現手法からくる好悪なわけで、本来の数字の持つ抽象度とは別のところで生じているものではある。もっとも最近は、八は末広がりだから縁起がいいなどという風習は廃れてしまって、1と3、あと7あたりがトップに来そうである。7は西洋のラッキーセブンを輸入したものとして、1とか3はその抽象性をそのまま好きになったものといえないだろうか。

 こういった、日本人の数字の好みをたくまずして知らせてくれるものに、宝くじの一種である「ナンバーズ」がある。これは、単純化していうと、購入者が4桁の数字を選んで登録し、あとで当たり数字を予想した購入者で賞金総額を山分けにする、というシステムの宝くじである。的中する確率は、0000から9999までどの数字を選んでも、一万分の一で変わらないのだが、もしかして当選したときに、他にも数多くの購入者がこの数字を予想していたらもらえる賞金が少なくなってしまう。一方、全ての購入者のなかでただ一人が予想したような場合、全ての賞金を独り占めできる。当たったときのうまみが全然違うわけだ。

 適当な四桁の数字を出して、それが他の人に思いつかないような数字にするにはどうすればいいのだろうか。0000とか、ならびの数字を避けた方がいいことはなんとなくわかるものの、一方でみんながそれを避けた場合、自分だけがその数字を選ぶことになる、というようなことだって無いとはいえないわけである。
 誕生日にすればいいじゃないか、それなら自分に固有の数字だ、と思うかもしれないが、実はこれはあまりいい戦略ではない。日付を四桁の数字にした、0101から1231までの数列は結局365個しかないわけで、選べる数字の総数10000にくらべて、著しく少ない数字である。一見好ましい戦略なのでかなりの数の購入者が採用することが予測される。結局この365個の数字は避けた方が無難だということになる。
 とまあ、これは一例だが、結局のところ「かえってこの数字はみんな選ばないだろう」というような判断はあまりに陳腐なものにすぎる、というのが現実のようである。たいてい、何らかの覚えやすい要素を持つ数字は、みんなが避けるというよりは、そのまま人気数字となっている。

 考えてみれば、一万もある数字の中で、覚えやすい数字というのはほんの一握り(100個もないだろう)なのに、覚えやすい数字にしようか、そうでない数字にしようか、と考えるとき、われわれはだいたい二者択一くらいの気持ちで選ぶ傾向にあるので、そうなってしまうのだろう。これは世の中の人全体を「知りあい」「それ以外」に分けて考えるのに似ている。後者の方が遥かに多いのに、普通はそう思わない。

 ところで、四桁のナンバーズで一番人気の数字は「5963」だそうである。日本人にとっての究極の答えは「5963」がいいかもしれない。ちょっと皮肉かも。


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