酔生

 完全に飲みすぎた。今日も飲み会、明日も飲み会、などと浮かれた週末を送るつもりでいたのだが、最初の飲み会でちょっとやりすぎてしまったのである。一次会で生ビール三杯日本酒一合飲んだのはまあしょうがないとして、二次会でウィスキーを飲みすぎたのがいけなかった。何杯飲んだのか、全然思い出せない。仕上げに飲んだギムレットも、別に必要なかった。なんとなく飲まなければならないような気がしたのだ。これがほんとの義務れっと。ごめん。まだ酔ってるな私。

 というわけで、今日予定されていた飲み会は欠席することになったのである。夕方になって目が覚めてもまだ頭がぐらぐらしており、とても新たに酒を飲むような体調ではなかったのだ。某電話会社のB君、某農機・住宅会社のD君、某大学付属研究所のI君。まことに申し訳ない。大西は、いま渋谷に出てゆくと、確実に倒れます。お酒を飲むなんてもっての外です。だいたいが、アルコールの匂いをうけつけません。はい。悪いのは私です。この埋め合わせはいずれ。はい。バタンキゥ。

 キゥ。腹が鳴っている。昨日の飲み会の後、一人で牛丼屋に行き、並盛を食べたきりであるから、しょうがない。キゥゥ。といって、どこかに食事にゆく体力も、自分で作る気力もない。それどころか、冷蔵庫を開けて、中に入っていたワサビ漬のにおいを嗅いだだけで戻しそうになったので、冷蔵庫には近寄れなくなってしまった。一応タッパーに、密封容器に入っているはずなのに、どうしてああも匂いがきついのだろうか。根性かもしれん。

 がさがさと食料棚を漁る。「ターボ湯きり」のやきそばUFOがあるが、これも今の状態では大変にノッケーなことになりそうである。スパゲティもあるが、ミートソースを、安かったからという理由で缶詰で買ってきてあるので、つまりこれに見合うだけ作るともう、とんでもない量になる。とても食べきれない。ごそごそしていたら、半分食べたスナック菓子の袋が丸めて入っているのを発見した。前におつまみにした残りだろう。まあ、これは食べよう。酒のつまみに海苔ピーパック。酒はもう見たくもないな、もうたくさんだ。それで思い出したが、毛沢山先生だけは止めてくれ巨泉。恥だ。日本の。
 肩がやけに凝っている。頭、痛いなあ。

 二十八だよ、二十八だ。あああ、二十八歳になってしまったんだった。ぐらぐらする頭でスナック菓子を齧りながら、私は思い出して、身悶えした。昨日の二次会の会場で、うかうかと年をとってしまったのだった。そうか、それもいけなかったんだな。そんなことを思い出したりしたから、思わず深酒をしてしまったのだ。二十八、最初の酒はギムレット。あ、五七五になっている。二十八、最初の食事は、牛丼並盛。字余り。二十八、最初の駄洒落は義務れっと。ああ、もう。わたしは馬鹿だ。

 食欲はないが、腹は減っている、という状態である。半分も残っていなかったスナック菓子はたちまち空になった。いつのまにか点いていたテレビをぼんやり見ている。どうもグリコ朝食りんごヨーグルトが食べたい。すりおろしたリンゴが入っているというあれだ。これまでの人生でそんなものが食べたくなったことは一度もないのに、妙なものである。昔教科書か何かで読んだ、重病から手術の末回復した少女が、「ジャムパンを食べたい」と言い出すという話を思い出す。奇跡的に命が助かって、食べたいものとして思い出すのが「ジャムパン」というのにほろりと来るという仕掛けである。私なら「カレーパン」というところだろうか。今の状態で、カレーパンのことなど思いだしたくはなかった。

 突然、部屋の電話が鳴る。
「はい。大西っす」
「こんばんわぁ。お母さんです。どないしてますか」
「どないもしてません。寝てます」
「いま、メール送ったんやけどな。見てくれたか」
「見てません。寝てましたから」
「見て。今見て。それで返事を頂戴」
「ふぁい」
 電話は切れた。電子メール、か。もちろん、電子メールを書いたという電話をするくらいなら、用事は電話で言えばいいのである。分かっていてやっているらしい。

 私は、重い腰をあげて部屋の椅子に座ると、パソコンの電源を入れた。メールソフトを起動する。新規メール、一通です。

題名:HAPPY BIRTHDAY
誕生日おめでとう
28才ですね。
お母さん以外に誕生日を祝ってくれる人ができましたか?
3月22日の法事に帰って下さいね。  待っています。
                           母より

 まったくもって、余計なお世話である。実に、あの人は、なんというか、人の傷をえぐるのが大変にうまい。

 私は、見なかったことにして再び布団に潜り込むと、すこし眠った。
 りんごヨーグルトの夢を見た。


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