素粒子探検隊、北へ

「なあ、北極に行かんか」
 と誘われたら、あなたならどうするだろう。飲み会の席、職場の上司から、である。

「はあ」
 わたしなんか、このざまだった。だからあなたも、日ごろからどう切り返すか訓練しておいたほうがいい。「北極に行かないか」と言われたら「行きません」と。あいまいな返事は、良くない。

「いや、南極でもいいんだけどな」
「や、南極でもいいんですか。なんだ」
 ほっとしてどうする、俺。
「なんで、極地なんですか」
 と聞いたわけではなかったが、説明が始まった。
「モノポールって知っているよな」
「はい」

 モノポールとは、存在が仮定されている素粒子の一つである。この粒子が他の凡百の素粒子と違う点は、そのわかりやすい性質による。単極子などと訳されるように、この粒子はSならSだけ、NならNだけの磁荷を持っているとされるのだ。
 プラスだけの電気、マイナスだけの電気といった、電荷を持っている粒子は沢山ある。そして電荷が作る電場は、磁場をつくる。ところがNだけ、Sだけの磁石はない。磁荷が作る磁場が、電場をつくることがあってもいいのに、いまのところそういう粒子は見つかっていない。あってもいいんじゃないか、その方がバランスが取れているよな、という、言ってみれば子供のような思考から、あるのではないかといわれている粒子なのである。
 ちょっと考えたらありそうだよね、というような粒子はほかにも結構あって、まだ見つかってもいないのに名前だけはつけられていたりするからややこしい。タキオンもしかり、トップクォークも最近まではそうだった。ダークマターの正体がこれだ、といわれているいろいろな粒子もこれに準ずる。中にはモノポールこそダークマターだという説さえあるので注意が必要である。

「モノポールが、宇宙のどこかから降ってくるとするわけだ」
「はあ」
 その時点で無理がありそうなんですけど、などと言ってはいけない。なにしろ宇宙は広い。
「そうすると、地球の磁場に引かれて、Nモノポールは北極に、Sモノポールは南極に、引き付けられるだろ」
「そ、そですね」
「そうすると、モノポールだから、そこにたまるわけだ」
「そりゃ違うよ先生」
 と口を挟んだのは、そこで話を聞いていた外国人の方である。ちなみに、実はこの会話全体が英語なので、私が無口な理由がそれで説明がつくのだった。
「モノポールは凄く、重いよ。他の粒子に崩壊しちゃうっすよ」
 こんな日本語に勝手に翻訳されているとはその方もご存知あるまい。
「何を言っているんだ。モノポールは、崩壊できないんだぞ」
「ほへ」
 私もそう思う。電荷が消滅できないように、磁荷も消滅できないのだから、モノポールが崩壊しても、できた粒子の中にモノポールがひとつは含まれているはずである。したがって、モノポールは、崩壊できない。SモノポールがNモノポールに出会えば消滅できるだろうが、そうでないかぎり、崩壊してもいいが、モノポールが残る。
「とにかく、モノポールは極地に残っているはずなのだ」
「なるほど」

「あとはどうやって探すかだが、そうだな」
「電磁石でも、引きずりますか。砂鉄探すみたいに」
「砂鉄がくっつくじゃないか」
「あ、そですね」
 砂鉄の山の中からモノポールを探すのは、大変そうである。
「ガイガーカウンターを持ってゆくんだ」
 ガイガーカウンターというのは、放射線計数装置の一種である。電器屋で売っている。
「モノポールが、放射線を出しますかね」
「出すぞ。モノポールが、原子の磁場に引かれて原子核とぶつかると、原子核が崩壊する。そうすると、そこから放射線が出てくるわけだ。な」
「そういうことも、ははあ。確かに」
 その辺りの反応についてちゃんと考えた人はいるのだろうか。さっき書いたようにモノポールは不滅なので、ちょうどだんごと石を袋に入れて振り回したらだんごが粉々につぶれるように、原子核のほうが崩壊するということはあるだろう。たぶん。
「都合のいいことに、地球の磁極は、何万年だかごとに移動したり、弱くなったり、南北が入れ替わったりしている。そのたびごとにモノポールは振り回されるから、安定位置に移動するまでに、非常に強い放射線が観測されるはずなんだ」
「うーん」
「まだ、誰も北極に計数管持っていって探したことはないんじゃないだろうか。どうだ、やってみないか」
「われわれが、ですか」
「君が、だ」

 いくら優柔不断な私でも、これだけ準備期間を与えてもらえたら大丈夫である。私はにっこり笑うと、言った。
「行きません」


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