コンプを目指せ

 なんでも「オートコンプリート」と呼ぶのだそうだが、ウェブブラウザのアドレスを入力するところなどに、ちょっとした入力補助機能がついていたりする。ブックマークから選んでたどるのではなくて、アドレスのところに手で「http://o…」と打ち込みはじめると、パソコンのほうで勝手に「nisci.com/」と残りをだっと出してくるという、そういうやつだ。たぶん、昔行ったことがあるとか、ブックマークに入っているとか、そういうサイトのアドレスから似たものを探してくるしくみだと思う。

 ウェブブラウザ以外にもあちこちで見かける機能なのだが、あっナイス得した、と思うこともあるし、なんだパソコンのやつ勝手なことすんな変なとこに繋がったやんけ、と思うこともある。そもそも、本質的に、いやしくもウェブブラウザたるもの最低限備えているべき必要欠くべからざる機能かというと、まあそうでもない。自動車でいうと、シフトレバーやハンドルではなく、デフロスターやラジオやガソリンを入れるところのフタを開けるレバーですらなく、サンバイザーの裏側についている鏡(これで化粧を直す)くらいの存在である。

 ただ、幸いにも、そもそもアドレスを手入力をする場面そのものがあまりないので、よけいなお節介を初期設定でオフにしようと思うほど嫌っているわけでもない。使わないのであまり出くわさず、だからなかなか呼吸が飲み込めない、というくらいのことかもしれない。慣れればバタバタ候補が出てきても操作ミスをしない上に、時々は確かにある便利な場面が際立ってくるという、そういうものだという気もする。

 そんなオートコンプリートだが、現実世界にもこれに相当する機能がある。「略語」がそれである。単語の最初のほうだけ書くといタイプの略語は、つまりオートコンプリートではないか。

 やぶからぼうにそういうことを言われても困ると思うが、たとえば「マクドナルド」だ。もちろん、マクドナルドはマクドナルドであり、マクドナルドと言えばいい。略したって数文字のこと、ちゃんとマクドナルドと書いておけば有名なハンバーガーチェーンのことであると、誰にだって通じる。ただ、長いといえば確かに長い。話していて時間がかかって舌が疲れるし文章にすると紙幅が無駄になりデータ転送量が多くなり手が疲れる。書いていて本当にそうかと疑問に思えてきたが、ええい、いいのだ試しに略してみよう。略させてください。

 略するとして、ここで問題になるのは略し方だ。略するとしても、どこまでも短くなるわけではない。たとえば削ってけずって「マ」としてしまうと、これはもう、何がなんだかわからない。マがつく言葉はいろいろあって、マリナーズのことかもしれないし、マレーシアのことかもしれない。状況によっては魔法や巻き寿司やママのスリッパのことである場合もあるだろう。通じればそれでいいのだが、どんな文脈でも、どんな人にも通じる文章のためには「マで待ち合わせた」のような書き方はしないがよい。

 そこで一文字増やす。「マク」ではどうか。だめだまだ駄目だ。「幕」や「撒く」と音が同じでこのことかと思う。略語として考えても曖昧で、マクダネルダグラスやマクラーレンホンダやマクスウェルの悪魔や「枕」と混同する。つまり、ここはどうしてももう一文字発音して「マクド」としないといけないのである。マクドまで言えば、もうマクドナルド以外に候補はない。将来「マクドル(マクドナルド出身のアイドル)」や「幕泥棒(小学校の講堂の幕専門に狙う泥棒)」が一般化するまでは、マクドで大丈夫間違いない。あとは聞いたひとの中でオートコンプリートされるはずで、そう考えるとむしろナルドは不要である。

 余談だが、ではなぜナルドがついているのかというと、一つには冗長性のためであり、もう一つにはぶっちゃけた話マクドナルドとちゃんと言ってもさほど長くなくて疲れはしない、という理由によるものである(マクドナルド社には他の言い分があると思うが)。冗長性というのは、舌がもつれて「マクロラルロ」としか聞こえなくても、なんとなくハンバーガーの感じがするという機能である。だからこの逆、無駄話のようなちゃんと伝わらなくてもあまり損をしない場面で、かつあまりに頻繁に登場するのでマクドナルドを短くすると日常生活の無駄な時間がたくさん省けてとても嬉しい、という場合に、マクドという省略形が正当性を持ってくるわけである。

 よろしいこの文章は本質的に無駄話なので、冗長性など必要ない。ではオートコンプリートによって節約できる文字を探してみることにしよう。

コンピューター→コンピュ

異様な感じがするが、「オートコンプリート式略語」の定義からするとこうなる。コンではたくさんの語(コンプリートはじめ、コンクリート、コンディション、コンパクト、コントロール、コンシャス、コンストラクション、コンダクタンス、コンスティテューション、コンドラチェンコ、墾田永年私財法等、はあはあ)と見分けがつかないが、コンピだと紛らわしいのは「金毘羅」「コンピレーション」という二語に絞られる。コンピュまで書けば、ようやくコンプリートできるわけである。あなたのコンピュ、お元気ですか。アンチウィ使ってくださいね。

 正しく伝わっているだろうか。どうだろうか、なんだか不安になってきたので、しつこいと思うがもう二、三例を挙げておく。

オーストラリア→オーストラ
オーストリッチ→オーストリッ
オーストリア→オーストリア

理解していただけただろうか。「オーストラ」まで言えば、そっちの方面にはオーストラリアしかいない。一方「オーストリ」まで言っても、次に来るのが「ア」か「ッ」かがわからないので、ウィーンが首都の国名かダチョウの皮かは判断できないのである。「オーストリッ」まで書けばもう次はチに決まっている。

 劇的に短くなる例を挙げよう。

ティラノサウルス・レックス→ティラ

そう、「ティラ」でいいのだ。ティラなんとかにはもうティラノサウルス・レックスしかいないので、ティラまで書けば事足りるのである(かつて流行した「ティラミス」のことを忘れたことにすれば)。調子が出てきた。どんどん行ってみよう。

カピバラ→カピ
マニフェスト→マニフ
バウリンガル→バウリ
メルセデスベンツ→メルセデ
鳥インフルエンザ→鳥イン
ハナエモリ→ハナエモ
燃える闘魂・アントニオ猪木→燃える闘
マンギョンボン号→マンギョ
ウンウンペンチウム→ウンウンペ
ロードオブザリング王の帰還→ロードオブザリング王

 何が言いたいのかいよいよわからなくなってきたが、つまりそういうわけでマクドナルドはマクドで、他のなんでもないのである。いや、もちろんマクドナルドのことを実際に「マクド」と呼んでいるのは日本の半分、いやもっと少なく西日本の一部地域であり列島の他の大部分では「マック」と呼んでいるというのは承知の上で書いているのだが、そういうやりくちは卑怯だと思うのでただ白い目で一瞥するだけにする。ただ、コンピューターのマッキントッシュはこの伝では少なくともマッキンにならざるを得ない。槇原敬之がいるからである。


※指摘に伴い、いくつか加筆しました。ぐへ。
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