アイシャの心・積雪篇

 今日、雪だった一日、窓の外を見ていて思い出したことがあるので、ついでながら書いておこうと思う。本質的に昨日書いたものに付け加えるところはない。追記である。

 昔、セガが「アドバンスド大戦略」というシミュレーションゲームを出していた。パソコンゲームとしてヒットした有名な戦争ゲーム「大戦略」の舞台を第二次世界大戦に移したもので、プレイヤーはドイツ軍を操ってヨーロッパを舞台に戦う。こちらも人気が出て、シリーズ化され、さまざまに続篇(日本軍が出てくるものなど)が作られた。基本的には、地図上に置かれた兵器なり部隊なり艦船なりを表すコマを動かして、敵を攻め破り目的を達成するゲームである。

 プレイヤーはドイツ軍なので、この戦争の山場の一つはソ連軍との戦いである。いわゆる「バルバロッサ作戦」。ソ連に攻め込みモスクワを目指すドイツ軍が、強力なソ連軍装甲兵力との対決に苦しめられる状況が疑似体験できる。ゲームなので、この戦争の現実をしっかり再現できているかというとそんなことはなく、本当は「シミュレーション」などと呼んではいけないのかもしれないが、まあ、素人指揮官にはこれで十分、雰囲気を味わえて面白い。考えてみれば、私はこれで勉強して実際の部隊を動かす指揮官になろうと思っているわけではないのだし、それを言えばアクションゲームやファンタジーロールプレイングゲームだって剣術、白兵戦の実際を反映しているわけではないので、これでいいのかもしれない。

 さて、冬のロシアといえば昔から冬将軍である。「雪で部隊が身動きできないよ困ったよ」を表現するため、ゲームでは「天候」という要素が導入されている。1ターン(ゲームにおける一回り、プレイヤーがコマを一通り動かして、次にコンピューターがコマを一通り動かして、という攻防1セットのこと)ごとにその場の天気が表示され、「雪」が数日続くと、マップが一面の銀世界になるのだ。エンジンオイルが凍りついたりはしないのだが、視界不良で航空攻撃ができなくなるほか、平野が「雪原」に変わったりして、コマの移動が著しく制限されてしまう。さらに雪が続くと川が凍結して歩いて渡れるようになったり、あるいは晴れが続いて道路が「泥濘」となってしまったりする。どこまで続くぬかるみぞ、である。

 何度もプレイしているとわかるのだが、この天候は、設定として最初から決められているわけではない。おそらくマップごとかあるいは日付によって「晴れ」や「曇り」「雨」「雪」の確率だけが設定されていて、晴れが続くこともあれば雪ばかりのときもある、ということらしい。決定的な瞬間に雨が降るか晴れるか、という違いはけっこう大きく、従ってゲームのかなり大きな部分が天気次第運次第ということになってしまうのだが、まあ、それが「リアル」というものだし、しかたがないことだ。ただ、これはゲームなので、実はここである種の「ずる」が可能である。

「ずる」というのはつまり、セーブしたところからやりなおし、ということなのだが、知らない人のために説明すると、ゲーム途中で今の状態を一時保存する機能がついているわけである。本来「今日はもう寝る、あとは明日」という人のためのものだろうが、実際には、鍵になる攻勢が失敗したときなど、いつでもこのセーブしたところからやり直すことができる。このへん、厳しいゲームだとセーブ機能にさまざまな制限が課せられていたりするのだが、「アドバンスド」は割合いいかげんで、言ってみればユーザーを甘やかす方針をとっている。

 それで、つまりこの、気に入らなければやりなおしができることで、天候もある程度自由にできるわけである。冬のモスクワあたりは、雪が降りやすいとはいえ毎日降水確率が百パーセントになるわけではない。たまたま晴れになるまで「やりなおし」を続けることで、全く雪が降らない異常気象の年にしてしまうことも可能である。ゲームのシナリオのだいたいこのあたりでは、ドイツ軍は攻勢を続けているので、できればいつも「晴れ」が望ましい(余談だが、これに対してゲーム後半では圧倒的な連合軍の兵力に苦しめられることのみ多いので、雨ばっかり降っている状況が望ましい)。もちろん、ゲームバランスは「プレイヤー軍が雪の中で苦しむ」という状況を前提にして組み立ててあるので、こんなことをすればかなり簡単に目標(たとえばモスクワ占領)を達成できてしまう。そんなことがあってもいいのか、かなり異常なことが起きている気がする。

 つまり、たぶんここでは、天候の設定に用いられるべき「ランダム」は、その種類が違ったのだ。天気というのは「今日にかかわりなく明日の天気が決まる」という意味でのランダムではないのはもちろんだが、ほかにもたとえば、今日降るか、それとも明日まで持ちこたえるかというのはある程度ランダムとしても「この一ヶ月にこの地方ではこれだけの降水量がある」というのは、「明日は雪になる」に比べればだが、ある程度確定的に言えることではないかと思う。かなりの異常気象でないかぎり、今週か来週かはわからないが、いつかは雪が降るわけである。

 だから、このランダムも本当は、CDの話と同様、シャッフル式がよい。このマップで三十日のうちに二十日雪が降る、という設定を行ったら、それがどの日になるかはわからないが、どこかでは必ず降るとする。セーブとリセットを繰り返しても、モスクワに着くまでに道が雪で覆われてしまうことは間違いないわけである。ゲームだからどんなことでも起こりえるべきだが、極端に起こりにくいこと、というものはあってしかるべきだ。

 と、ここまで書いてきて、告白するまでもない。自分で「ずる」をしたからこそ、以上の事情を知っているわけである。考えてみればこれは「ずるの防止」の問題に過ぎない。ゲームデザイン上、セーブの方法に制限をかけることでこういった問題は一からげに解決できる。低い確率の「晴れ」が出るまで執拗にリセットを繰り返すような、そんなプレイヤーは相手にしていないのです、と言われてしまうと、悄然とするしかないのである。あるいは、これも一つのゲームバランスの取り方かもしれないが、ああ、そのとおり。私が指揮官に向いていないなあと思うのは、たとえばこんなときなのであった。


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