ダイナマイトが十キログラム

 前々回「ナノを考える」で、「1ナノグラム」という量について書いた。1ナノグラムの水を考えると、これは一辺が10μmの立方体に相当する体積を持つ。決して衝撃的ではないが、「ナノ」という接頭辞がつくにしては、大きいといえば大きい。

 たいへんいやらしいことではあるが、このくだりを書くときに私は考えた。もっとびっくりするような数値は出ないだろうか。たとえば水以外ではどうだろう。水は比重がほぼ1だからこの体積になるのであって、より比重の小さい、たとえば空気で同じことを考えれば、もっと大きな、びっくりするくらい大きな1ナノグラムの立方体が得られるのではないだろうか。

 やってみた。摂氏零度、一気圧の乾燥した空気の密度は、1立方メートルあたり1.293キログラムである。端数を丸めて約1kgとすると、1ナノグラムの空気の体積は一辺100μmということになる。1ナノグラムの水の体積が一辺10μmだったのに比べると、タテヨコ高さともに十倍になっている。

 しかしこれは、あまりかんばしい結果ではない。空気という、感覚的には水なんかとかなり異なる物質を使ったにしては、さほど大きくなったように思われないのである。もっとも、この感想は大部分「100μmも10μmもあまり違わない」という誤った感覚に基づいているような気もする。毎日百円と毎日十円はそんなに違うように思われないが、年額にするとかなり違うという、そういうアレである。

 とはいうものの、では大きくして、一辺1mの立方体の空気と各辺10cmの水(どちらも約1kg)で比べても、それほど差が開いたふうでもない。体積を辺の長さで表すという、一種の詐欺行為を働いているのは確かだが、もう一つ、これは、空気は思ったより重い、ということでもあるかもしれない。

 さてここで、なぞなぞを一つ思い出していただきたい。「綿10キログラムと鉄10キログラム、どちらのほうが重いか」というものだ。一見して鉄のほうが重いように感じるわけだが、もちろん、両方とも10kgなのだから、同じである、というのがまっとうな答えになる。

 しかしここで、またしてもたいへんいやらしいことを書くようだが、これは本当にそうなのだろうか。なぞなぞの完成度からしてこれでよいのだ、と言いたくはなる。しかし、口幅ったいことを言えば、科学を進歩させる力というのは、一部、なんというか小姑的な、痛くない腹を探りに探り、せっかくかさぶたになっているのを引っぺがし、日常暮らしてゆく上でどうでもよい細かいところにぐちぐちとケチをつける、そんな努力から来ているのは間違いない。いやほんとに。我慢して、お付き合いを願いたい。

 まず、知識として知っておいていただきたいのは、10kgというのは重量ではなく「質量」である、ということである。何が違うのかというと、質量は「押されたときの加速されにくさ」と定義される量なのに対して、重量は、そのものを地球が引力で引っ張る、その力の強さを示している。これは高校の物理で真っ先に習うことの一つなのだが、この二つは同じではない。より端的には、地球にいるか、月にいるか、あるいは宇宙ステーションにいるか等によって重量は変化する。しかし、質量はいつでも同じである。また、質量は「kg」という単位ではかるのだが、重量は「kg重(または重量キログラム)」、もっと理想的には「ニュートン」という単位を使ってはかる。重量は「力の強さ」なのだ。

 何が言いたいのか。つまりこの観点で、上のなぞなぞには新たな意味が生じるのである。ある綿が10kgで「10kg重」ではないのだから、これは綿の質量である。一方、鉄のほうも質量は10kgであるから、よろしい質量は等しい。もし「どちらの質量が大きいですか」と聞かれたらここはやはり「同じです」と答えざるを得ないだろう。しかしそうではなく、質問は「どちらが重いか」である。これはつまり重量を聞かれていると考えなければならない。もはや「同じです」というのは自明ではない。重量と質量は違うものだからだ。

 ここで寄り道をして、両者の体積を計算しておこう。鉄の比重は純鉄の場合7.87g/cm3である。綿の比重として何を使うかは難しいが、理科年表を見るとなぜか掲載されていて、1.50〜1.55g/cm3だそうである。ただ、これは布団の綿のようにふわっともこもこした状態ではなくて、糸巻きかなにかに巻かれた、綿糸の状態だと思う。ともかくこれで計算すると、鉄は約1300cm3、綿は約6700cm3ということになる。

 さて、重量と質量が異なる原因の一つとして、局所的な重力の差というものがある。我々は、だいたい地球上どこでも重力の大きさは等しくgであると思っている。しかし、実はそうではない。重力は地球の重心からの距離や、その他地形に由来するさまざまな修正が必要であるが、加えて、地球の自転による遠心力の効果があって、赤道直下では極地よりも実際に重力が小さい(いろいろ合計して、0.5%くらい異なっている)。

 だから南極にある鉄と赤道にある綿では重量が異なるわけだが、一ヶ所にまとめて置いてあっても、全く同じということはないはずである。上のように綿のほうが体積が大きいので、大きいということは、床に置いた場合、こんもりと盛り上がるということである。盛り上がるということは、それだけ重心が地球の中心から離れていて、引力は小さくなる。また、地球の自転軸からもいささか離れているはずで、遠心力も大きい。従って、綿のほうが鉄よりも重量はわずかながら小さくなるはずだ。

 とはいえ、これはかなり恣意的な議論である。形によるのだ。地球上のどこに置くのかもそうだし、鉄を高い塔、極端な話衛星軌道に届くくらいの長さに組み上げておいて、一方綿を床にぺたっと貼り付ければ、鉄の重量が小さくなるのである。質問の答えとしては「形状による」となって、まったく張り合いがない。なぞなぞとして、これではいかん。

 というわけで、ここで空気の重さを登場させるのである。そもそも空気中の物体は浮力を受ける。これは普段あまり意識されないが、確かに存在していて、だからこそ風船や気球は浮かぶことができる。重量というときに、空気による浮力の影響を入れていいのか、真空中での重量を考えるべきではないか、よく考えてみると判然としないが、手で持ってみて、あるいは精密なバネばかりで測ったときにどっちが「重い」か、ということだと、やはり空気による浮力は考えに入れなければならない。

 浮力の大きさは体積に比例するから、同じ質量では密度の低い物質のほうが浮力は大きい。計算してみると、上の鉄が受ける空気による浮力は1.7g重、綿は8.7g重である。これは、極地と赤道の重力の差には届かず、0.1%くらいだが、ふつうに並べて置いてある綿と鉄を比較する場合、もっとも大きな誤差要因になるのではないかと思われる。厳密に質量を測定し、ともに10kgとなった綿と鉄では、結局、綿のほうが軽い。つまり、このなぞなぞは物理的に正しくはないのである。

 ところで、それがどうしたというのか。長々と、つまらないことを聞かせて、結論はそんなものか、と不満をあらわにするみなさんの顔が目に浮かぶようである。いや、私だったら怒る。机を叩き、批判の叫びをあげないまでも、軽蔑のマナコで見る。これが科学の発展とどう関わっているのか。金返せ。いや時間を返せ。人々の声にならない抗議で場の雰囲気がどんどん沈んでゆく。

 そこで、私としてはここで、空気が重いですねえ、と答えることにするのである。やっ、今のでますます重くなりましたね。


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