随八百も積み重ね このエントリーを含むはてなブックマーク

 言葉とはそもそもいいかげんなものである。厳密に定義され、その定義に沿って使われているのではなく、多数決的になんとなく意味が定まってなんとなくみんなが使っている。この「なんとなく」というのは実はけっこう強力な「なんとなく」ので、普段はそれほど困ることはないが、いったん厳密な記述をしようと思った場合、かんたんな概念を伝えるのも苦労することがある。「世帯年収が二千万円あるか、または住居が持ち家でかつ子どもが三人いる家庭でない場合には申請が必要です」というようなものがそうで、これはどう読んでも誤解しそうだが、図を書くか数学記号を使えばずいぶん話は早い。考えてみれば、もしも言葉がいいかげんなものでなかったら、数学は今ごろ記号ではなくて言葉で書かれていたと思われる。

 そういうものの一つだろう。ある現象に関して「犠牲者は増え続けています」という表現があって、まぎらわしい。普通こう言った場合「二年前、去年、今年と犠牲者を比較すると増加を続けている」ということになる。「先々月、先月、今月」でもいいが、「増え続けている」のだから増加が最低でも二期連続であることを意味する。ところが、これに今ひとつ、これに比べればずいぶんハードルの低い現象があって、これも同じ言葉で書かれるのだ。つまり「犠牲者がいまもぽつぽつ出ている」というものである。去年に比べて激減していたって構わない。なんとなれば、この場合増えているのは過去から現在までの「犠牲者総数」だからだ。

 ずいぶんずるい感じがするが、日本語としては間違っていない。たとえば「交通事故の犠牲者」ということを考えた場合、年間の交通事故死亡者数は近年むしろ急速に減り続けていると言えるが、今日も交通事故が起き犠牲者が発生しているという意味では「犠牲者が増え続けている」とも言えるだろう。それが社会として感受すべきリスクではなく絶対に生じてはいけない(と主張したい)類の犠牲者であった場合、こういう言い方をすることはある程度理にかなっていると言えるかもしれない。えー、ずるいのは変わりないが、なんとなく。

 このように「この一年」や「今日」ではなく「いままでの累計」というものを考えると、ずいぶん世界がおかしくなる例として、最近電車の中で見た缶コーヒーの広告をあげたい。アサヒ飲料の「ワンダモーニングショット」の広告で、同社が実施した「現代ビジネスマン 朝の生活実態調査」に関するものだが、私が見たものは、調査第二回の、うち「ビジネスマンの朝のあるある体験」に関するものらしい。つまり、

チャックが開いたまま出社したことがある。37.2%

 というものである。ウェブ上に上げられている報告書を読むと「誰でも『あるある』と共感できる朝の体験がひとつはあるのではないでしょうか? そうした朝に関する体験を自由回答で答えてもらいました」とあって、イエス/ノーで答えたのか自由回答で答えたのか、今一つわかりにくい。ただ、アンケートで「朝のあるある体験はありませんか、自由にお書きください」という設問で37%もの人がチャックの事を書くとは考えにくいので、これは「あるある体験を自由回答で募集して、そのあとで『あるある』とみんなに共感してもらった」ということなのかもしれない。

「あるある」だろうか。わからない。少なくともこれは「今までに一度でも」という質問であって、身の回りのビジネスマンの十人に四人が今、この電車の中で実際に今チャックを開けているわけではない。これは累計の罠というものである。

 しかし、では37.2%というのはどういうことだろう。これが「これまでの会社生活で一度でも」という回答だったと正しく認識したところで、ではこれが自分のイメージより多いのか少ないのか、これだけではよくわからない。実は、恥ずかしいことを書くが、私はといえばけっこうこれをやらかしていて、この季節、会社に着いてはじめてトイレに行って青くなることがよくある。どうも、上にコートを着ると、下のことを忘れてしまうらしい。見えないのだから実害はないと、言えなくはないのだが、いや実害はある。こういうことがあるたびに私という存在そして自我が、着々と「おっさん」という後戻りのできない領域に向かっての前進を続けているような気がするることだ。これは恐ろしい。今やあと一歩間違えば自他共に認めるおっさんになりおおせるという剣が峰を歩いていると思っています。

 私のアイデンティティなどどうでもよい。報告書によれば、この調査は20代から30代の男性ビジネスマン1,200人を対象にインターネットを通じて行われた、とのことである(だから残念なことかもしれないが、女性は最初から調査からもれている。また「ビジネスマン」という言葉からは、私のようにスーツを着ない男性会社員も除外されるのかもしれない)。とくに「うっかりさん」だけを集めて調査するような、サンプリングの偏りがあるかどうかは、これだけではよくわからない。一般論として、ウェブ上の調査に答えるような人は「決して他人に弱みを見せないクールで行き届いた男」というよりは「得にもならないのにあっちこちに首をつっこみたがるおっちょこちょい」である気がして、そしてチャックのことを忘却して会社に行くのは断然後者であるという、そういうイメージはある(もちろん私自身は後者である)。しかしまあ、入口でそういうことを言っていてもはじまらないので、ここはいちおう、偏りなく調査は行われていて、母集団の分布を正しく反映していると考えることにしよう。

 ここで次に大きな問題になるのは、累計なのだから、その期間である。20代30代、というのを字義通り「20歳から39歳まで」と考えた場合、勤続年数はゼロ年から20年くらいまでの間の人を指すことになる。いろんな事情があるからこれを「大学を出てずっとビジネスマンをやっていた人」に限って考えるわけにはいかないし、その意味では平均ざっと勤続九年、と丸めるわけにはいかない。これは、ちょっと難しい問題である。

 ある程度ちゃんと考えてみよう。ふつうの人が一年につきrの確率で「チャックを開けたまま会社にゆく」としよう。入社ゼロ年目の人は当然ながらチャックをあけたまま会社に行った事がある人は一人もいない(そもそも会社に行った事がない)。これが、入社して一年経ってから「チャックを開けたまま会社に行ったことがありますか」と訊ねた場合、こたえがイエスである確率がr,ノーである確率は(1-r)にある。二年経ってから同じ質問をすると、ノーが(1-r)2、イエスは1-(1-r)2となる。以下同様である。今、調査対象として、入社ゼロ年目、一年目、二年目、三年目……と入社十九年目までの人を一人ずつ、二十人集めてきたとして、かれらが質問にイエスと答える確率は、ゼロ, r, 1-(1-r)2, 1-(1-r)3,……, 1-(1-r)19となる。調査が年齢について偏りなく行われている保証はどこにもないのだが、仮にそうだとすれば、つまり、これらを全部足して二十で割って、その答えが37.2%になりますよという調査なので、

37.2%=1/20 Σ(i=0〜19) 1-(1-r)i

 ということである。これは等比級数の和なのでなんとか計算できる。例によって数値的にやるほうが簡単なので汚れ切った大人である私はそれをやってしまうのだが、

r = 5.26%

 である。つまり、平均的なビジネスマン一人がこの一年チャックを上げわすれて会社に行く確率は5.26%。あるいは同じことだが、ビジネスマンの5.26%がこの一年に少なくとも一回チャックを上げわすれる、ということになる。

 これがどのくらいなのか、まだよくわかったような気がしないが、一年につき出勤日を200日として、ざっとの計算で、一日について確率0.026%ということを計算すると、なんとなく理解できるかもしれない。つまり3,800人に一人が、まさに今朝、チャックを上げわすれて会社に行く。満員電車の一両に300人乗っているとしたら13両分である。13両編成の満員電車に一人、チャックが上がってない男性ビジネスマンがいるわけである。

 これはかなり恐ろしい話である。そもそもの調査は1200人対象だが、うち二、三人くらいが「ああ先週やったばかりだ」と思いながら回答したことだろう。忘れてばっかりなのだ。そして、同じ確率がずっと続くとしてだが、定年時、勤続38年のビジネスマンは、実にその87パーセントが「チャックを上げわすれて会社に行った事がある」と回答することだろう。まあ、大ざっぱに言って、周囲を見回してあなたの先輩なり後輩、あるいはあなたが女性だとしてあなたの恋人なり伴侶なりが、これを一度もやらない可能性は低いと言わざるを得ない。いまそこにある危機なのである。気をつけよ男性ビジネスマン。明日も平日、確率0.026%を切り抜けろ。

 などと、もちろんわかったからといってどうということはないのだが、というわけでこの「研究内容」も第八〇〇回。この数年ほどの間、恐ろしく更新頻度が落ちており、この先九〇〇回一〇〇〇回を達成するのは来るとしてもいつのことやろかと暗澹たる気持ちになるが、まあその、累積で考えれば増え続けていることは間違いないので、これからも一歩いっぽ頑張ってゆこうと思います。どうぞよろしく。どうぞどうぞ。


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