パズルの島

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に本当のことしか言わない「正直族」と、逆に、いつでも必ず嘘しか言わない「嘘つき族」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。さて、ここであなたは、美しい髪と澄んだ瞳を持った、すばらしい美女に会いました。覚えたての島の言葉で、彼女になんとか話しかけたあなたに、この女性は一瞬だけほほえんで、それから我にかえったように、あなたの顔から目をさっとそらせて、こう言いました。
「あ、あなたなんて、別に好きじゃないんだからね!」

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に本当のことしか言わない「正直族」と、逆に、いつでも必ず嘘しか言わない「嘘つき族」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。さて、ここであなたは美しい髪と澄んだ瞳を持った、すばらしい美女に会いました。覚えたての島の言葉で、あなたは彼女になんとかこう話しかけました。
「あの、ご一緒してもよろしいでしょうか?それとも、もう決まった人がいるのですか?」
 それに彼女がどう答えたか、そしてこの淡い恋がどういう結末を迎えたか、それはあなたの青春にまつわる大切な思い出として、今も胸の宝石箱に大切にしまわれているのではないでしょうか。

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に「本当のこと」しか言わない「正直族」と、逆に、いつでも必ず「嘘」しか言わない「嘘つき族」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。さて、ここであなたは、美しい髪と澄んだ瞳を持った、すばらしい美女に会いました。覚えたての島の言葉で、あなたは彼女にこう話しかけました。
「あの、ご一緒してもよろしいでしょうか?それとも、もう決まった人がいるのですか?」
 彼女はこう答えました。
「嘘」
「はい? あの?もしかしてご迷惑でしたか?」
 聞き返したあなたに、女性は笑って、こう答えました。
「嘘」
 あなたは思いました。ああ、なるほど嘘つき族だ。「嘘」しか言わない。

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に本当のことしか言わない「正直族」と、逆に、いつでも必ず嘘しか言わない「嘘つき族」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。さて、ここであなたは美しい髪と澄んだ瞳を持った、すばらしい美女に会いました。彼女は言いました。
「おまえは嘘つき族か、正直族か。もしも嘘つき族なら私はあなたとは話すわけにはいかない。あいつらは私から父と母、ずっとあとになって私の兄までも奪った。あいつらが一人残らず根絶やしになるとき、ようやく私の魂は正直族の楽園で憩うことだろう」
 あなたはそんな彼女になにを言ってあげることもできませんでした。この島を二つに割り、解決の糸口も見えず果てもなく続いている内戦の、その遠因となった資源獲得競争に、あなたの国が関わっていないとは言えなかったから。彼女にはなにを言っても嘘になる、そう思えたからです。

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に本当のことしか言わない「正直族」と、さらに、間違いなく確実に疑いの余地なく正直族の十倍くらい本当のことしか言わない「超正直族」とが住んでいて、しかも最近、島の空港に近い繁華街には、超正直族の百倍正直であることをうたう「真・スーパー正直族」が経営するスーパーマーケットがオープンし、たいそう繁盛しているということです。あと、私はこの「真・スーパー正直族」よりもうちょっとだけ正直です。

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に本当のことしか言わない「正直族」と、逆に、いつでも必ず嘘しか言わない「嘘つき族」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。さて、ここであなたは美しい髪と澄んだ瞳を持った、すばらしい美女に会いました。彼女は言いました。
「それは観光パンフレットに書いてあったことでしょ?実際は違うわ。もちろん百年前は違ったかもしれないけど、もう私たちは純朴な島民じゃないし、本当のことも、嘘も言う」
 がっかりした顔をしていたのかもしれません。彼女はあなたを見て、かすかに目を細めると、こう付け加えました。
「もちろん、今でも私たちは正直族を演じてあげられるわ。観光客向けにね。そして、もしもあなたがその気なら」
 彼女は意味深な笑みを浮かべると、言いました。
「嘘つき族を演じてあげてもいいのよ?」

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に本当のことしか言わない「正直族」と、逆に、いつでも必ず嘘しか言わない「嘘つき族」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。さて、あなたはこの島の観光中、ふとこの島の繁華街の、暗い路地に迷い込みました。あっと思ったときはもう遅く、背中に硬いものが突きつけられているのを感じます。銃口のようです。
「叫ぶな。静かにしろ。騒げば殺す」
 何かを言おうとして、思わず口を開いたあなたの背中に、銃口が強く押さえつけられ、あなたはその感触よりも、銃口のふるえに恐ろしくなり、口を閉じます。声はせいいっぱい大人を装っていますが、どうやら少年のようにも思えました。
「いいか。金じゃない。聞きたいことがあるだけだ。だからポケットに手を入れるな。いまからおれの言うことに答えるんだ。いいな。いいか。わかってるのか畜生」
 冷静さのかけらをまとっていた少年の声が、自分の声にせき立てられるように、どんどん早口になり、興奮の色を濃くしてゆきます。あなたはパニックになって、やみくもに走りだそうとする自分のこころをやっと押さえつけて、がくがくとうなずきます。
「イエスかノーかだけだ」
 声が言いました。
「イエスかノーか。それ以外を言ったら殺す。イエスかノー、いいな。答えるんだ。いいか。質問に答えなかったら殺す。シンプルに、イエスかノーかだ。黙っていても殺す。言いよどんでも殺す。嘘をついても殺す。聞き返しても殺す」
 パズルか、とあなたは思います。いままで論理パズルで遊んできたつけを、このようなかたちで払うことになっているのか。声はこう言いました。
「あの黒髪の女。おまえがさっき色目を使っていたあいつだ」
 あなたの脳裏に、あの美しい髪と澄んだ瞳を持ったすばらしい美女のすがたがひらめきます。そうか、この男はあの女性の。いやだ。死にたくない。まだやりたいことがある。いや、だめだ。落ち着け。落ち着くんだ。声は、こう言いました。
「おまえがあいつのことを好きかと、もしもおまえのおやじがおまえに訊ねたら、おまえはなんて答えるかという、この質問への答えはノーか?」

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも絶対に本当のことしか言わない「正直族」と、逆に、いつでも必ず嘘しか言わない「嘘つき族」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。探偵は言いました。
「そこに問題があるのです。みなさん、考えてみてください」
 富豪はそれを聞いて、プライドを傷つけられたような表情を浮かべ、立ち上がろうと腰を浮かせますが、探偵は断固とした手振りで彼を制します。見ていた大道芸人は何か混ぜ返すようなことを言おうと口を開きますが、落ち着いた表情で耳をかたむけている牧師の表情を見て、考え直したふうに黙りました。
「この島にいるのは『正直族』と『嘘つき族』それだけだと、誰もが思います。しかしそれが本当ではないとしたら?」
 黙っていられなくなったのか、遊び人風の男が口を挟みました。
「さっさと、要点を言えよ」
「私には最初からわかっていました」
 探偵はその言葉に軽くうなずくと、あの落ち着いた声でこう言いました。
「犯人はあなたですね?」
 その指はあなたのほうをまっすぐに指していました。質問ではありませんでした。その言葉に含まれているのは、冷たく硬い、確信。あなたは息をのみ、何か弁解しようとしますが、探偵はゆっくりと首を振り、こう言ったのです。
「イエスかノーか。答えは必要ありません。謎はずっと前からもう、すべて解けていたのですから」
 なすすべもなく口を閉じたあなたを、この島で出会った、美しい髪と澄んだ瞳を持ったすばらしい美女が、その瞳でいつまでもまっすぐに見つめていました。

 あなたは観光で、ある島に来ました。この島には、どんなときにも語尾に「ニャ」をつけてしゃべる「猫族」と、逆に、いつでも必ず語尾に「ナリ」をつける「コロ助」とが住んでいて、しかもこのどちらかしか住んでいません。さて、ここであなたは美しい髪と澄んだ瞳を持った、すばらしい美女に会いました。彼女は言いました。
「愛してるナリ!」


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