我が名はフローラン

 突然だが、まず今回はサッカーについての未確認かつ聞きかじりの知識のまま、想像に頼って誤解を解かないまま公開してしまうので、とんでもない嘘が書かれている可能性がある。ファンおよび関係者各位におかれましては事情をご賢察の上なにとぞご容赦くださいますようよろしくお願い申し奉りまする。

 さて、予防線はこれで万全として、長い間疑問でならなかったのだが、サッカー日本代表の監督、ここで一度その名を出したこともあるトルシエ監督は、選手にどうやって指示を与えているのだろうか。そもそも彼は日本語ができない。少なくとも、流暢にしゃべれるというにはほど遠い。ミーティングや、まず個人指導ならいちいち通訳を介していてもいいだろうが、一度試合が始まってしまい、グラウンドに選手が散らばってしまうと、意志の疎通に非常な困難を伴うのではないかと思うのである。言葉がちゃんと通じるチームに比べて、どうしても通訳の時間分遅れをとってしまうということのほかに、やはり監督の指示が持つニュアンスのようなものが、通訳を介してちゃんと伝わるとは思えないのだ。

 たとえば、今トルシエが試合を監督している。どうも中盤の動きが悪い。これは指示を与えねばならぬ。トルシエはベンチを出て、グラウンドの方に一歩二歩と駆け寄り、叫ぶ。
「ウ・エス・コンプ・モンテラトンーっ※」
 だが、選手にはフランス語は通じない。通訳の人がこれを訳さねばならない。ベンチに座ったままの通訳が、拡声器を通じて、訳す。
「左側の空間を利用していただけますかー。競技場中央での圧力もよくありませんーっ」
 迂遠なことと言わざるを得ない。

 そういう疑問が解けたのは、シドニーオリンピックの決勝トーナメント第一戦、日本代表がアメリカチームに、延長、PK戦の末惜しくも破れた試合の直後だった。事情があって私はこの試合を音声を切ったテレビで見ていたのだが、破れたチームの監督、トルシエに、日本のテレビ局がインタビューしたようであった。インタビュアーの、たぶん今の試合の敗因かなにかを尋ねたのだろう、質問に答えて、トルシエがマイクに向かって激白する。声は聞こえないが、そうしているようだ。
「★!◎☆!×●△♪!」
 テレビの音声が切られているので、何を言っているのか、わからない。生中継なので、字幕も入らない。と、トルシエに代わって画面に登場した、いわゆる「濃い顔」と分類される彫りの深い顔立ちの男性が、やはりマイクに向かってその心境を述べはじめているようであった。
「@!&$!#Q≦♀!」
 私の隣にいた人(義妹なのだが)が、信じられない敗戦に落胆した私たちにぽつんと言った。
「あの人、誰」
「いや、知らない。副監督とか、関係者だろうか」
 答えた私に、実に冷静に弟が指摘したのだった。
「通訳じゃないか」

 そう、通訳なのである。トルシエの通訳は、関係者と見まごうばかりのアツい人なのだった。このインタビューだけにつけられたような、脇役めいた人ではなく、トルシエの専属として、トルシエに常に付き従って、その意志をフランス語がわからぬ東洋の蛮人どもに伝達する役目を負っているのだった。彼なら、トルシエの罵詈雑言(註:想像です)を的確に翻訳して、選手達に伝えてくれるに違いない。一緒になってアツくなって、グラウンドでも、トルシエ以上に走り回って時にはトルシエを押しのけて(註:想像です)指示を与えているに違いないのである。

 さあ試合だ。がんばれ日本代表。トルシエがフランス語で指示をだす。
「カウンターに気をつけろっ」
 通訳が訳す。
「カウンターカウンターってナンベン言わすねんこのボケタレ」
 トルシエが焦る。
「何をやっているんだ、マークをはずしちゃダメだ」
 通訳が訳す。
「ワレのデコの下はケツのアナかマーク外したら点入れられてまうやんけこのヘボヘボサッカー人」
 トルシエが怒る。
「ダメだ、どうしてそれを外すんだフリーじゃないか」
 通訳が訳す。
「ワレら脳みそ賞味期限三時間か一人百回ずつ『決定力不足』て書いてこい」
 実にエキサイティングなフィールドになるのである。なお、大阪弁なのは想像だ。他も想像だが。

 あわてて彼について調べてみた私は、どうにか名前だけを知ることができた。みなさんにも伝えておこう。彼の名はフローラン。噛めば噛むほど味の出る男だ。トルシエ・ジャパンの、未来は明るい。


※なんか聞いたようなフランス語だが、これに意味などない。
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